年初めに、今年もMCSのコンサートシリーズは平和がテーマですか?と聞かれたので返答に困ってしまった。何時も常に考えている事だから“平和”は特にテーマではなく、日常茶飯事に考えていることだと思っていた。 海外の演奏家とコンタクトがあると当然ウクライナのみならず、紛争地域の事と色々と関係してくるので、自ずと考えざるを得ない環境ではある。 「平和」と言う言葉で何が一番個人的には気になるか と言うと、昨年は終戦80周年、原爆投下80周年と言うことで式典等多く、何かメモリアルなどで盛り上がりを見せたものの、何か本当に地面に足をつけて、しっかりと何かを見据えて“80年”を捉えていると言う実感がなく、お祭りとは言わないが、何か80年にしなければいけないと云わんがばかりに皆んなで頑張ったという感じがしてしまうのはワンおばちゃんだけなのだろうか? 斯くいうMCSも福知山で終戦の翌年から戦後の広島をずっと見守ってきた音楽喫茶ムシカのピアノでコンサートを開催するなどいろいろ頑張った。 やってる側としては皆んなを巻き込み必死に頑張った訳だが、一般の人々にどれだけメッセージが届いたのかはわからない。 そして12月が終わり、2026年になると、なんだかまるで新しい2026年の手帳を手にすれば、25年は急に過去になり、さあ新しい年だ……となる様で「平和は2025の手帳」と共に距離が…… 現実に、我々が今日本国内は平和なので、この様に感じられる訳だが、実際の紛争地域のウクライナやイラン、シリア、パレスチナでは恐らく“戦後80年”などと言ってはいられなかったのではないか? 最初の話に戻れば、今年も平和はテーマではなく“平和”は常に私たち皆んなの“望み”であり“祈り”です。 元々音楽は宗教と密接な歴史が長く、謂わば一心同体に近い状態があったので、正に音楽は“祈り”の一つの形だと思っています。 少しでも音楽に何か平和に役に立つことができればいいなと心より願っています (ワンおばちゃん) PS 1月末日の広島と2月7日に東京の蒲田でスロヴァキヤ出身のチェロ奏者カンタ氏の演奏会を開催するので、これも“平和”シリーズの一環ですかと聞かれました。 1968年のプラハの春、そしてベルリンの壁崩壊後チェコとスロバキアの解体・独立を経験したスロヴァキアの人々にとっては、”平和“は待ちに待って、やっと手に入れた“宝物”です。 今年はヴァーツラフ・ハヴェル生誕90年です。 WELCOME BACK ルードヴィット・カンタ、今年も「カザルスの鳥の歌」を聞かせてください