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尾高惇忠氏の訃報

作曲家の尾高惇忠氏が先日の火曜日つまり2月16日の早朝にお亡くなりになったそうである。ご冥福をお祈りします。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021022100283&g=soc

私は氏とは個人的には全く面識はなかったのだが、ひょっとすると「ほんの少しだけあった」と言ってもいいかもしれない。なぜなら、たった一冊ではあるが氏のピアノ曲集を弾いていたから。《こどものためのピアノ曲集 童話の国》という作品集を、弾いたから。

この作品集が出たのは1995年。私が桐朋学園大学のピアノ科を受験するのが96年と97年(一回落ちたのよ)。つまり、私は高校生のときにこの曲集に出会い、弾いたということだ。高校生なのにこどものための曲集を弾くなんて、と思われるかもしれないが、私はこの曲集を初見演奏(知らない曲の楽譜を見てすぐに弾くっていうやつ)の練習のために買ったと記憶している。音大受験の課題に初見があったからだ。

初見のために、と書くと、低く見てるんじゃないかとか思われてしまうかもしれないのだが、そんなことはない。本人は必死だったとは言え、作品の演奏は楽しんでいたはずだからだ。

脱線するが、私は今となってはピアノというと息子×2および娘のために弾く《新幹線でゴー!ゴ・ゴー!》やら《パプリカ》程度。しかもこども向けの簡単な譜面を買っているのでさすがに問題なく初見でだいたい弾ける。「パパすごいね」「ハハッ!そうだろうそうだろうっ!!」かろうじて父の面目を保っているが、化けの皮はやがてすぐ剥がれるであろう。

ぱっと見ただけで演奏できる初見に強い人がともかく羨ましかったんである。後になって「ミケランジェリは初見が苦手だった」とかいう文章を読んで慰められたりもしたけれど、苦手と言ってもそのレベルはもいろいろあるし、やっぱり初見は出来るに越したことはない。我々のスーパーアイドル、ホロヴィッツは死ぬほど初見が出来たらしいですやんか。頭の中どうなってるんや(さらに脱線すると私は即興の才能も全くないので、即興が出来る人を心から尊敬する)。

そんなわけで・・・・この曲集を含むこどものための作品集を高校生の時にいろいろと手に入れて、初見の練習をした。2分なら2分と時間を区切り、音符をじっと眺める。音と手の動きを必死に想像する。2分が経過したらおもむろに最初から演奏を始める。思うように弾けず頭を抱える。この繰り返し。

初見が上達するにはどうしたらいいか。本を買ってきて読んだりもしたし、一音一音を見るよりも和音で考えたら出来るよ、とかアドバイスを貰ったこともある。でもどうやら出来るやつは何の苦労もなく出来るようなんである。そしてあちらはこっちがなぜ出来ないのか分からないから、実に純粋に、なんで?とか聞いてくる。ムカムカするものの太刀打ちできない現実である。才能は残酷なのだ。結局は音大に入学した後も、卒業後も初見はほぼ出来ないままであった。

そんなこんなで月日が流れ、ずっと20年以上棚の中に入れたままにしていた《童話の国》の楽譜だったが、訃報を受けふたたび引っ張り出してきて演奏してみた。案外と覚えているもので、この曲弾いたな、メロディー覚えてるわ、とか思いながら感慨にふけった。

作曲家とは、こうして楽譜があれば、没後も人の気持を動かすことが出来る素晴らしい職業だなと思ったんである。