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リュビモフ/グヴァイドゥーリナと共に

長いリュビモフの録音メッセージを聞いて、普通なら直ぐ電話を折り返し、もし出なければ絨毯攻撃の様に掛け続けたかもしれない。 でもコンサートの後に他の音を一切聞きたくないと思うのと同じ様に、この5分50秒の録音が一つのコンサートを聴き終えた時の様にずっしり伸し掛かってしまったのである。

2日後やっと電話するもリュビモフは出なかった。録音メッセージを聞き終え、こちらが書けた1本の電話までの“間”が何か一つの曲の楽章間の静けさに思え、恐ろしく不思議なテンポルバートの様に感じられ、寒いでもなく、悲しいでもなく、冷凍庫の中にいる様な思考停止状態になってしまった。 恐らくリュビモフもグヴァイドゥーリナの死でその様な状態になってしまっているのであろう。 で出しは「彼女とは1960年代、70年代と志を共にして、そう多くではないが彼女の作品をその時期は演奏し続けていた。彼女が西側にいち早く移住してからは音楽の方向性に必ずしも同意出来なかった。その後余り彼女の曲を以前に比べて演奏することはなかったが紛れもなく僕の60年代と70年代を象徴する同志であって今の自分がここにある。その彼女がいなくなってしまった。僕にとってグヴァイドゥーリナは何時もそこに居るという存在だった。

僕の眼が奪われるのは、演奏するのを止めなさいといった見えざる導きだと思う。眼さえ………….」 以前現代曲について「僕は数をこなすというのではなく、現代曲に関しては一つ一つの曲を大切に体の中に咀嚼していて毎回resurrectする訳だ。蘇るためには身体の一部になっていないとダメで、その作曲家が好きだからといって、その人の作品を多く片っ端からレパートリーとして演奏しまくるというのではない。それが僕のアプローチだ。作品と共に歩むというふうに考えている」 リュビモフと作曲家の関係を見ていると 自分の為に委嘱ということは余りない様で例えばシルヴェストロフとリュビモフや、ペルトとリュビモフの関係を観察してみると微妙に他の演奏家と作曲との関係とは異なる様に側からは見える。私は現代音楽は好きでよく取り上げたいと考えているが専門ではないので、そこまでいって良いものかと思うが新たな作品を話し合っている姿を見ていて、何だか遠い昔のモーツァルトやベートーヴェンと演奏家の関係もこんなところがあったのではないかと考えてしまった。リュビモフが小さなサロンやアヴァンギャルドの空間を好む理由に何か関係があるのかもしれない。 委嘱するわけでもなく、献呈される訳でもなく、その様な空間から何となく作品が出来上がってくるのを何回か目撃したことがある。後になってよく「これは委嘱されたのですか貴方に献呈されたのですか」と聞かれて返答に困っているところを見たことがある。

リュビモフ自身、ソフィア・グヴァイドゥーリナは14歳年上であるということは百も承知だったらしい。以前に比べて暫く距離があった為、彼の頭の中では彼女は彼が良く行き来していた頃の元気溌剌の頃の彼女のイメージが先行していて、ある日突然悲報に接するということに当惑感を覚え、ある種の罪悪感が芽生えた様だ。何であの時会っておかなかったのか、何で連絡をしておかなかったのか?残念だ。いや、後悔している。こうすべきだったとかいう風に考えているうちに何か彼女が昇天する時に心をちぎって持って行かれてしまったのではないかという様に気力を奪われてしまった感があった。

シルヴェストロフもリュビモフより歳上である。こちらは泡を吹く様な喧嘩もしているというかシルヴェストロ翁の方が言いたい放題言っていて、リュビモフが受け流している感があるが、大作曲の方が大噴する様な時はリュビモフも黙りこくって嵐が通り過ぎるのを待つ様にしているのだが、偶に「線状降水帯」状態の様な現象もあるので、「リュビモフも大人だなー」と思わせるような時もある。 この様な密というか激しい関係も時にあるという距離(殆どない様な時も多々ある)を考えると、こういう時間を最後グヴァイドゥーリナと持たなかったと言う事に対するある意味のリュビモフの自己反省でもあった様だ。

今考えてみた。もし グヴァイドゥーリナが……..もしかしてまだ弾いてくれたのであろうか? それは解らない。でも強力な引力になったことは事実だ。 「全ての技に時があり」と聖書にあるが、正に彼女の死が”I am coming to say goodbye to you as a friend”と言う言葉のきっかけを作ったのである。 ワンおばちゃんは「狼少年」ならぬ狼おばちゃんになりたい。リュビモフよ「最後」と言う言葉を撤回してください。 ワンおばちゃんは言いました「何を言ってるの2026年はMCSの20周年ですよ。それまでは絶対引退させませんからね」と言ってズルズル作戦を試みたが効果はなさそうだった。 日本の医術は国際的評価が高いそうだがIPS細胞だのどうのと技術革新が目覚ましいと聞くので 奇跡が起きるのを神に祈るだけである。