ベンジャミン・フリスの場合、正にレッスンは本当に“真剣勝負”という感じでなのだが、そこがいかにも英国人というユーモアのセンスというよりは英国のヨークシャーの人と言う感じが垣間見れるレッスンである。
フリスは自分は英国人というよりヨークシャーマンだと言いきる。ある時こう言うことが………..レッスンが始まり20分ほど経ったところで「辞めよう、今日は」と生徒に言う。黙ってピアノの前に座っている生徒に静かに言う。キョトンとしている生徒に「君、本当にこれで準備できてるつもりなの。このレッスン役に立つと思う?レッスンを今日これ以上続けても無駄だと思う。これでレッスン代を貰うの罪の意識を感じる。君の大切なお金は有効に使わなきゃ。今日は帰りなさい」
あっけにとられて見ていた私に「僕の言葉は何の意味もなさない、彼には。右から左に抜けていくんだ」「でも一応練習してきてるじゃない」「音符はね」「でも読譜ってもんじゃない。辛いよ。僕はこれでレッスン続けるのは。一応、自分なりの音楽というものがお皿の上に乗っけられない限り食欲がわかない。食欲がない時食べるのって辛いからね。教える方も習う方も。レッスンっていうのは、双方が楽しくなきゃダメなんだ」普通はそのままやってレッスン代をいただくって言うところだけど「これが僕のレッスンだと思われたくないから。だからレッスン代はいらない。心が入らないなら、絶対しないほうがいい。双方の為に」
ああこう言うのヨークシャーマンっていうのね
そうそう、英国を代表するピアノ評論家のブライス・モリソンもヨークシャーマン。歯に衣を着せぬ評論で有名だ。
ヨークシャーの人間は無骨で不器用だけど、信用できる。
フリスのレッスンは本当に真剣勝負の本物だ。
「だって、お金いただくんだもん。その分ちゃんと得したと思ってもらわなくっちゃ」
やだ、こんなところでヨークシャー丸出しなんか辞めてとワンおばちゃんは思った