楽章間の拍手について考える

楽章間には拍手をしないもの、というのが長くクラシック音楽のコンサートにおける暗黙のルールになっていて、うっかり拍手が出ると会場の雰囲気や緊張感が台無しになる、と感じる人達がいます。私も、楽章間では拍手しない推奨派。なんとなくあの瞬間が好き、という適当な理由です。

しかし、マニアと呼ばれるとりわけ熱烈なファンが多く集いがちなコンサート(弦楽四重奏やブルックナーなど)で楽章間の拍手が起こると、かなり気まずくなるし、舌打ち、ため息、そして絶望のあまり気絶する人もいる(いません)。ノイズという意味では、演奏中にアメを開ける人問題と、ビニール袋ガサゴソ系問題、それからフライングブラボー屋問題というのもありますが、まあそれはまた別の機会にでも。

しかし、楽章間の拍手について演奏する側の全員がダメと言っているかというと一致しておらず「そのときの雰囲気によっては拍手があってもよい」とする人もけっこういる。あるいは曲によってはいいんちゃう、とする人もいて、これは永遠に解決することのない問題のように思える。間合いだよ、とか言われても、会場の全員が「拍手していいよ」的な空気を読めるかというと、ぜったいに読めない(単純に、人によって空気感の感じ方には温度差があるからです)。

コンサートの最初のアナウンスで、「演奏家の希望により、拍手は最後までしないでね」とかいうアナウンスが入ることもあります。気持ちはわかるものの、これまたなんとなく気まずい(と思うのは私だけかもしれないけれど)。それに、アナウンスは聞かない人が必ずいます。プログラムに拍手しないでと書いてもプログラムは読まない人が必ずいます。これでも100%安心ではない。

ヴァイオリニスト・ドットコムで「楽章間の拍手はしてよいかどうか」という投票をやっていまして、その結果を見ていますが(投票者数が少ないけど)

https://www.violinist.com/blog/laurie/20217/28850/

時々なら:42%
だめ:38%
OK:21%

と、けっこう割れています。なら拍手もなくならないよね。しかも「時々なら」というのは、人によって頭のなかに浮かぶ「時々」の内容も一致しないでしょうから、選択肢としてちょっと雑かも。

いっそのこと、全ての楽章間で拍手OK、とオール開放してしまったほうがいいんではないか、と思ったりもします。その方が変な緊張と対立を生まないし。でも、これも反対する人が多そうだし、クラシック音楽の場合は「楽章が終わったかと思いきや終わっていない(またはその逆)」というトラップがけっこうあり、これまた正解とは言えない。

いやー、困った問題だ。

しかし「だからクラシック音楽はめんどくさくていやなんだ」という風に敬遠されてしまうのはもったいない。わかるやつだけ来ればよい、という視点で行くと絶対に先細りになってしまうので、大変およろしくありません。

何かいい方法がないかといつも考えています。会場にプロジェクターで「拍手」と表示するとか(めっちゃしらける)。

ところで44歳東京の端っこぐらしの私ですが、ワクチンの予約が、ただいま出来ました!!来月冒頭に接種してきます。ヒャッハー!!拍手して!!

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うめ。

あ、これは簡単な話なんですよ。
拍手は曲によるんですよね。ま、ポップスやアリアのあるイタリアオペラ、モーツアルト、ウィーン系などは有った方が盛り上がりますよね。
でも、ベートベンの交響曲やワグナー、ヴォツェックのようなシリアスだったり文学的な作品での途中拍手は気持ちの流れが途切れるのでダメでしょうね。
お笑いとシェークスピアみたいなもんかも。
因みに、オケの中ではソロ演奏などが良かった時は靴をスリスリしますよ。

まーちゃ

チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の第3楽章終わった時、思わず拍手したくなる衝動を押さえてそのまま第4楽章に行くあの緊張感。なかなかいいものです。
以前第3楽章が終わって拍手をしてしまった人がいた時、指揮者は左手を後ろに回して静止し、間髪入れず第4楽章に突入したのを見ました。観客を指揮したように見えて、それはそれでいいものでした。