フリードリヒ・グルダ音楽院が爆誕

フリードリヒ・グルダ音楽院がウィーンに誕生するときいてこれは穏やかではないなと思ったものだよ(詠嘆)。

フリードリヒ・グルダ(1930-2000)というピアニストはクラシック音楽の演奏家ではあるんですが、型破りでぶっ飛んでいて、ジャズもやったしアルゲリッチも教えたし、電子ピアノでコンサートもやったし、全裸でパフォーマンスしたり、まあやりたい放題の人生を送ったんだろうなと思うような人です。勝手に自分の死亡記事(広告?)を新聞に載せてその後にいえーい!復活祭だぜ!っていうのをやった話とか、なんのためにそういうことをしなければならないのか、完全に意味がわからない。

私が右も左も分からぬ高校生の頃に買って読んだ「グルダの真実」っていう本でも「私」、やら「僕」、やらではなく「俺」という言葉があえて用いられていることからもご想像いただけると思うのですが、クラシック音楽のピアノの大家というよりむしろロケンローラーのような奔放な感じ。むしろ深夜にホテルで大暴れしてスイートルームの調度品を全部ぶっ壊してやったぜ!!ロックだぜ!みたいなイメージの方が合うようなのだ。いや、今の時代にそんなことをしたら大炎上案件なので絶対にやめてほしい。

そんなグルダが学校になったヨ!

・・・馬鹿な!本当である。フリードリヒ・グルダ音楽院、です。よろしくね。なんとなればゆかりの地、ウィーンである。本人がご存命だったのならぜってー許可しなかったのではないかと思われる案件なのですが、できたものはできたのである。それが事実であり、リアルである。私はアルファであり、オメガである。

場所ですがここです:

ご存知かどうか、ウィーンにはいくつか音楽学校がありまして、一番有名なのは国立音楽大学、その次が市立音楽院。今回爆誕するグルダ音楽院はそのどちらでもなく「ウィーン音楽芸術アカデミー」という音楽院で、そこが改名してグルダ音楽院になるってこと。ウィーンの中心部にはなくて、ちょっとはずれの方にあり、ジャズ科もあるというところがミソか。

https://www.amp-vienna.com/

「多くの若い音楽家の心の中に、そして現代のコンサートライフに、グルダのオープンな姿勢は生きている。フリードリヒ・グルダ音楽院では教育課程全体がこのような姿勢で特徴づけられるはずです。

当音楽院は音楽の都としてのウィーンの伝統を意識すると同時に、21世紀の音楽携帯に必要な新しい発展の出発点に立っています。

経営陣、講師陣、そして息子であるパウルとリコ・グルダとの密接な協力のもと、音楽院は若い芸術家たちの技量に加え、個々の成長と視野の拡大に特に配慮した教育に取り組みます」

とりあえずグルダの真面目な方の動画をご覧ください。

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