ホロヴィッツ編曲、作曲作品を聴く

Photo: IDAGIO

昨日のブログの反応を見ていて、皆さんやっぱりホロヴィッツが大好きなんだと確信しました。

ところで我々日本人はウクライナとロシアをしっかりわけて分類してこなかったのではないかと反省すべきだと思うんです。ホロヴィッツはロシア出身で長くアメリカに住んだピアニスト、とぼんやり思っている方もおられるでしょう。キエフの大門をぼんやりとロシアと結びつけて考えていた人も多いでしょう(→挙手する私)。

しかしそれは違う。ホロヴィッツはウクライナ生まれです。キエフもしくはキエフ近郊の生まれで、キエフ音楽院で8年くらい学んでいます。日本語のwikiでは1912年入学1919年卒業とあるけど、ホロヴィッツの卒業試験?卒業演奏会?は1920年のようなんで、もしかすると7年かもしれないし、8年かもしれない。

いや、そんな細かい話じゃないんだよ今日は。今日覚えていただきたいのはホロヴィッツがウクライナ出身であるということであります。ロシアではありません。ロシアじゃなくてウクライナなんですよ!!!ロシア革命は1917年、つまりホロヴィッツのキエフ音楽院滞在中です。同じウクライナ出身の巨匠ヴァイオリニスト、ミルシテインとよく共演していたそうだぜ。

ホロヴィッツは本来ピアニストになりたかったのではなく、リストやラフマニノフと同じように作曲家+演奏家になりたいと思っていたんです。とはいえその願いは果たされず、ロシア革命が起こって財産を失った(没収された)家族の生活を助けるためにピアニストとしてキャリアを選択。結果、ホロヴィッツは何度か引退しつつも生涯ピアニストとして活躍することになるのであります。

リストやラフマニノフは作曲だけでなく指揮もよくしたんですが、ホロヴィッツはそれすらしていないのであります(たぶん)。ホロヴィッツ指揮《椿姫》・・・うむ、シャンパングラスがガチャンガチャン音を立てて割れてそうである。

しかしホロヴィッツは完全に作曲をしなかったかというと、そうでもなくて若い頃はせっせと書いたようです(ほとんど残ってないらしいですけど)。自作品は我々の知っている超絶技巧大爆発な作品ではないところがとてもいい。それから他人の作品に勝手にちょこっと手を加えてうおお大興奮作品に変貌させることもあったし、オーケストラ作品なんかを自分用にアレンジしつつ書いた超絶技巧ド派手限界突破作品もいくつか残しているので、ぜひ今日はそれらを聴きながら雨の日曜日を過ごしてほしい。

メンデルスゾーン:《結婚行進曲》
真面目に始まって徐々に壊れていく音楽に爆笑

 

●ホロヴィッツ:幻想的練習曲《波》作品4
演奏はクレショフ。スクリャービン風。

 

●ホロヴィッツ:ワルツ ヘ短調
オルゴールみたいにロール紙を使った昔の手法で録音された自作自演。ラフマニノフっぽい。

 

ホロヴィッツ:《変わり者の踊り》
これもラフマニノフに似ている。《V.R.のポルカ》とかね。あるいはドビュッシー《小さな黒んぼ》とか《ゴリウォーグのケークウォーク》とか。

 

●ホロヴィッツ:《カルメン幻想曲》
ホロヴィッツの名刺代わりといっていいほど広く知られた人気作で本人も長いキャリアを通じてよく演奏している。最初から最後まで最高すぎるのだが、複数回現れる「右手が和音の塊で高速降下」するところは何京回聴いても圧倒的に興奮させられるであろう。

 

●リスト:《死の舞踏》
もともとリスト版をよく演奏してたそうですけど、1941年に完成させたこのホロヴィッツ版はさらに難しいと言われるのであります。私はもちろん挑戦したことがないので誠に残念ながらその難易度を自ら測ることはできません。

 

●ムソルグスキー:《水辺にて》
歌曲のピアノ編曲。おとなしめの作品からか知名度もおとなしめ。

 

●スーザ:《星条旗よ永遠なれ》
最初っから最後まで爆笑しまくれる世紀の大興奮作が爆誕!!ピッコロも出来るだけ忠実に再現!(再現すんなや)。

 

ご乗車お疲れ様でした。なおホロヴィッツは自作を楽譜にすることをしなかったので、上のYouTubeのいくつかに現れる楽譜は、「音源を頼りに耳コピ」した世界中に散らばるホロヴィッツ崇拝者たちの慈悲なき所業であることも書き加えておきたい。

さああなたも今日から低音を強打!ガチャーン!!おお、君もホロヴィッツだ。

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