業界人突撃インタビュー第8弾 宍倉由希子氏(ロンドン、ハリソンパロット社 アーティストマネージャー)【前半】

英国最大手音楽事務所で働く日本人がいる 

音楽事務所という言葉は、音楽ファンの方ならよくご存知だと思いますが、中で働いている人がどういう人たちで、どういうキャリアを持っていて、などということはあまり表に出てくることがなく、多くの皆様はご存じないのかなと思います。そんなわけでこのインタビューシリーズでも、これまで2人、音楽事務所のご関係者の方にご登場いただきました。

クラシック音楽というのはヨーロッパが発祥の地であります。ですからもちろんヨーロッパにもクラシック音楽を専門にした音楽事務所があります。むしろ日本なんかよりもずっと前から存在しています。

そこで私は立ち止まった。はたと思いついた。欧州の音楽事務所で働く方々の生の声を聞く、というのは興味深いことじゃないか、そう、ロンドンに宍倉さんがいるじゃないか!

アリス=紗良・オット、および同僚と(2013年)

というわけで、ロンドンの大手音楽事務所、ハリソンパロット(公式サイト)で働いて8年目。宍倉由希子さんにもしもしー、ってインタビューを依頼しましたところ、ご快諾!!社長の承認も得て、ここに堂々掲載ということになりました。

宍倉さんの海外体験は中学にまでさかのぼります。今後コロナが落ち着いたら海外で働きたい!という若者たちにとっても、少なからぬ参考となるかなと思いますので、若者よ、刮目せよ!!・・・偉そうに申し訳ありません。漢字読めますか。かつもく、ですよ。目をこすってよくみるっていう意味です。

でも、読めなくても大丈夫安心して!こないだファミレスで彩りを「あやどり」と読んで妻に大失笑された私がここにいますよ!

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。なんつって。

それではお読み下さい。

ハリソンパロットに所属している音楽家の一例

アシュケナージ、エマール、ポリーニ、マケラ、ティボーデ、モルク、K.ツィメルマン、コパチンスカヤ、ナガノ、ヴァンスカ、テツラフ。

日本人ですと庄司紗矢香、鈴木雅明、鈴木優人、諏訪内晶子、辻井伸行。

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中学生の時にアメリカ初体験、高校から留学

●この度はインタビューをお引き受けいただきありがとうございます!!さて、さっそくですが、まずは子供の頃から学生の頃にかけて、宍倉さんとクラシック音楽との関わりをおしえてください。

――私は熊本の田舎で育ちました。クラシック音楽に触れる機会というと、小さい頃から通っていたピアノ教室と学校の音楽の授業でした。中学の時に吹奏楽部に入ってからは、コンクールや定期演奏会を目標にそれなりに頑張っていましたね。楽器はトランペットでした。

高校からアメリカに留学した時、日本の中学生の英語力しかなかったので授業についていけない毎日でしたが、オーケストラやブラスバンドでの音楽活動を通じて友達ができ、学生生活が楽しくなりました。アメリカ人って、何か1つでも得意な事があると認めてくれるんですよ。それがとても嬉しくて、高校生の時は音楽を頑張っていました。アメリカの大学に進学し、音楽専攻ではなかったですがトランペットのレッスンは続けて受けていました。

大学に入る前の夏休みに南アフリカにボランティアに行ったのがきっかけで、アフリカ文化に興味を持ち、大学ではアフリカンダンスグループに所属していました。入部した当初はダンスが上手ではなかったので、練習のスケジュール調整、公演ツアーの計画、発表会の舞台主任などの裏方の仕事を任されていました。この頃から芸術の舞台裏でアーティストを支える仕事に就きたいと思い始めました。

雑談ですが、中学生の時にカナディアンブラスのコンサートに行ったのが生まれて初めてのクラシックコンサートでした。およそ20年後に、カナディアンブラスの日本ツアーの担当となり、直接彼らに会った時は感動しました。

おっと、アメリカが先だったのですね!しかも高校からだったとは!アメリカに行くまでの経緯についてお教え頂けますか。英語の試験を受けたり資格を取得したりされましたか?

――そうなんです。アメリカに15年、イギリスは8年目になります。英語の試験や資格は取っていません。

中学生の時、夏休みを利用してアメリカのガールスカウトのキャンプに参加したのですがこれがとても楽しかったので、単純に「アメリカにいつか行きたい」と考えていました。最初は高校からではなく大学からと思っていましたが、知り合いの息子さんがアメリカの高校に留学していたので、そこの高校を紹介してもらい同じ高校に行くことになりました。両親が私の背中を押してくれたのには本当に感謝しています。

最初にアメリカに足を踏み入れたのは中学生のときですか!さらに早い!!

――「楽しいアメリカ」というイメージだけで行った私ですが、留学直後は英語が通じなく、理解出来ずに、授業についていけなくて本当に苦労しましたね。最初は何が宿題なのかも分からなかったです。

苦労されたんですね。若い時の苦労は買ってでもしろ、というやつですね。ちなみに英語以外に話せる言葉はありますか?

――中国語を高校と大学で勉強していました。仕事で使えるようなレベルではないのですが、中国人は世界どこに行ってもいるので、とても便利です。

中国語がおできになるんですか!中国語は音の響きが綺麗だと私は思っていて、高校の時授業をサボって東寺にあった映画館まで友人の橘と二人で見に行った「覇王別姫」以来、好きな言語の一つなんですよ。が、全くわかりません。

ピンインっていうんですか。「マー」だけでママが馬を叱ったらなんたらかんたら、っていう冗談だか早口言葉だかが言えるっていうのが大好きです。すいません脱線しました。

アメリカではどちらでお仕事をされていましたか、どういう経緯で入られたのでしょうか。

――ニューヨーク、リンカーンセンターの企画部で働いていました。

おおぅ。そうなのですか!国内のこの業界の人もほとんどその話は知らないのではないでしょうか!知らなかったのは私だけかもしれませんが。

――まず大学を卒業した後の夏休みに2ヶ月ほどリンカーンセンターでインターンとして働かせていただきました。その1年後、私がインターンだった時のマネージャーが転職することになったので、そのポジションで働かないか、とお声がかかりました。面接もなかったし履歴書も提出しないまま採用が決まり、本当にラッキーだったと思います。

インターンからの就職っていうの、やっぱあるんですね。でもそれはインターンの時の宍倉さんの印象がすごく良くて、覚えてくれていたからですよね。

リンカーンセンター前。同僚と

――インターンの時は沢山ミスをしてしまってましたね。でも、当時の上司や同僚と良い人間関係を築けていたのでお声が掛かったのかもしれません。インターンシップ後もお茶に行ったり、コンサートに誘ってもらったりしていました。入社当初は、VIPやアーティストのチケットの手配、小さい規模のコンサートの制作担当をしていました。3年後にはポジションが変わり、招聘するオーケストラ、アンサンブル、ソリストのコンサートの制作担当をしていました。6年ほど働きました。

●それではイギリスにいくことになったきっかけを教えて下さい。

――ニューヨークでの仕事は日本との関わりのない仕事だったので「転職するなら日本と関わりが持てる仕事がいい」と思って転職を決め、結果的にイギリスで仕事をすることになりました。

●ハリソンパロットに入ることになった、と。

――当時サントリーホールで働いておられた磯貝純一さん(現・仙台フィル事業部長)から、ロンドンにある音楽事務所、ハリソンパロットの社長(ジャスパー・パロット氏)が日本語を話せるスタッフを探している、との連絡をいただきました。転職はその時すでに考えていたものの、ニューヨーク以外では考えていませんでした。

しかし磯貝さんから連絡があった数日後には社長のジャスパー・パロットから電話をいただき、話を詳しく聞いてみて、正式にこの仕事に応募することにしました。リンカーンセンターではハリソンパロットとよく仕事をしており、スタッフの印象もよかったので応募することに迷いはありませんでした。

採用にあたって試験や面接があったのでしょうか?

――社長のジャスパーがニューヨークに来ていたので、その時に1時間ほど面接を受けました。堅苦しい面接ではなく、ジャスパーのアイディアやアーティストについての熱弁を聞き、圧倒されたのを覚えています。面接の準備として事前に会社のアーティストとプロジェクトの予習をしたのを覚えていますね。

●いまハリソンパロットではどういうお仕事をされていますか。

――日本のオーケストラ、主催者、音楽事務所などとの交渉や営業をし、日本でのツアーやプロジェクトのマネージメントをしています。担当のアーティストも数名います。また日本の音楽業界の現状を同僚に報告することもしています。実力があり欧米で人気のあるアーティストが、日本のマーケットで求められているアーティストとは限らないので、そこをどう工夫して紹介するのがいいのかを同僚と話しています。

●不思議なもので国や地域によって人気のあるアーティストというのは変わりますよね。ベルリン・フィルのメンバーがレオン・フライシャーの名前を全く知らず軽く驚いたことは覚えていますし、ロシア人のヴィオラ奏者がハーゲン弦楽四重奏団のことを全く知らなかったのにも驚きました。そういうもんですよね・・・。そういうもんで片付けたらいけないのかもしれませんけれど。

いまのお仕事のやりがいはなんでしょう。

――まだ日本では名の知れないアーティストを紹介して、日本での初公演が成功した時などは達成感があります。2、3年前から交渉していたプロジェクトやコンサートが実現するのをこの目で見ると、この仕事をやっていてよかったなと思います。

●それでは反対にしんどいなと思うところはありますでしょうか。

――私は日本人ですが、働いている会社はイギリスの会社なので、時々自分の立ち位置が分からなくなります。この例えは合っているかわかりませんが、イギリスのサッカーチームで働いている日本人が私で、日本対イギリス戦の試合にどちらを応援していいか分からない様な状況です。

日本のお客様の言い分を私は理解しているのですが、それを同僚に説明しても納得してくれない。逆に、こちらでは当たり前のことをそのまま日本のお客様に伝えると理解してもらえない。昔、同僚からのリクエストをそのまま日本人のお客様に伝えた所、「宍倉さんは、日本人の魂を失ったのか!」とのお叱りの言葉をいただきました。今考えると日本のビジネスマナーではNGなリクエストだったので、そこはもっと気をつかって対応しなければいけなかったと反省しました。

両者が歩み寄って同意する形にもっていくのは簡単なことではありません。

=後半に続く。後半は以下からお読み下さい=

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