ザルツブルクからカラヤンの名前が消えるかもしれない

ザルツブルク出身の偉大な音楽関係者と言えば、まずはモーツァルト、ほんでその次カラヤンね。指揮者ね。

音楽関係ではなくてもということならトラップ少佐(サウンド・オブ・ミュージックの題材になったひと)、「ドップラー効果」のドップラーやなんかもザルツブルク生まれ。

20世紀音楽界におけるカラヤンの功績は、色々言われますけれど凄まじいものがありまして、なんとなれば普通のサラリーマンであった私の父もカラヤン全集を持っていたということを考えてもご納得いただけるのではないか。そのCDはいま私の座っている椅子の斜め後ろ、右端の下から3段目のところにあるわけですが、いわゆるクラシック音楽の熱烈なファンとは言えぬ父ですら知っている、それが帝王ヘルベルト・フォン・カラヤン。

ナチ党員だったカラヤンが戦後指揮活動をなかなか思うように出来なかったことは少し詳しい人ならご存知だと思うのですが、最終的に音楽界に残した影響は控えめに言ってかなりのもの。ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ウィーン国立歌劇場などを数限りなく指揮し、おびただしい数のレコード、CD、映像を残し、はるかかなた、地球の裏側である極東の、黄金の国ジパングの古都キョートに住む男性(父のことです)も、ボックスセットを購入している・・・・。

しかし、そのナチスへの関与のためカラヤンの名前がザルツブルクから消えるかもしれない、という話です。

https://salzburg.orf.at/stories/3107421/

カラヤンの名前を冠したカラヤン広場(Herbert von Karajan Platz)というのがザルツブルクにあって、ここなんですが↓

つまりザルツブルク音楽祭のメイン会場であるザルツブルク祝祭大劇場のすぐそばですね。これが消えるかも。

過去にナチスに関わった人物の名前を地図から削除すべきか、あるいは説明のプレートをつけるか、といったことが議論されていて、この広場名もそのリストに名を連ねている。夏休みの後、秋には最終決定が下されるようです。

蛇足ですけれどヨーロッパでは、上の画像のように「通り名」(と番地)が建物の壁などに貼り付けてあります。タクシーの運転手は街の通り名を全部憶えていてタクシーに乗ったときに「◎◎通り74番」とか言うと確実にそこへ連れて行ってくれます。べんりー。「えっ、東京は違うの?じゃあどうやってタクシーに行きたいところを伝えるの?」とは来日した音楽家が驚くポイントの一つ。

ちなみに今回議論された人物は66人いて、最終リスト?に残ったのはカラヤン以外ですとポルシェ(車の)、プフィッツナー(作曲家)、ダミッシュ(批評家でザルツブルク音楽祭の共同設立者)なんかが当てはまるそうです。ナチスにどれだけ積極的に関与したかによってカテゴリーが分けられるそうですがこれらの人々はかなり深刻とみなされている。

個人的には消すのはどうなの、と思うのですが、消したいと思う人たちも少なからずいるだろうということもまた想像に難くありません。副市長が言うには「一般の人々は改名を拒否する可能性が高い、また改名に伴う費用を市が負担する必要がある(税金が使われるということ)。しかし、何もしないということも考えられない」ということだそうなので、カラヤンの名前が消される可能性、あります。

誰もが満足できる世の中の実現の何と困難なことよ。

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