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ドライラン色々

アンドレイ・ググニンの5月10日の広島でのドライランは、地元の大御所のピアノの先生の情熱的な支援と理解の元に実現した。続けて開催された東京での2日公演は、どんな状況下でも最善を尽くせるようにと言う訓練もかねて、畳み掛けるように日程を設定した。

普通ドライランは壮行会を兼ねているわけだから、当然コンクールや音楽院受験に向かう、その日の演奏者を応援するために開かれている。だから「その気にさせて実力以上の力を発揮できる」ような、ムード作りというのも大切で、お客様にもワインやお飲物、おつまみなどが出される。

日本では演奏会前に飲食という風習があまりないようだが、欧米のサロン・コンサートでは大抵、ウェルカムドリンクが提供される。和やかな雰囲気になったところで「さあお席に」と声がかかり着席する。最後にお好みの飲み物をもう一杯持ってお席へ、と言うこともままあり、特に個人の家の場合はこういうことが許されている。

ロングドレスの方もジーパンの学生もいるが、楽しい雰囲気に包まれたところで、主催者のオープニングスピーチが始まるの。中には延々とその日の演奏者のことを褒めちぎる結婚式の挨拶みたいなものもあり、ワインがあるからこそ「まああいいや」と我慢できるのかなと思ったりしてしまう。

演奏が終了すれば、まず○○君/さんの健闘を期待して乾杯!と大概シャンパン。それからビュッフェという感じで進行する(当然演奏を聴くところと飲食の場は離れている。)

困ったドライラン

MCSでは今まで150回近くのドライランをしてきたのであるが、ある時、演奏が終了し乾杯のためにみんなが移動しているのに、座ったまま動こうとしない男性がいた。「お客様どうぞ乾杯にあちらへ」「いやーコンクールなんて優勝したからって何があるんだ。2位や3位に入賞したって何にもなりゃしない。無駄だね。」「はあ、でもここまで準備して、これから頑張って参加するんですから、そうおっしゃらずにどうか御一緒に乾杯を・・・」「こんな事やったってなんにもならないよ」「ではあなたはなぜ今日いらっしゃったのですか?」「コンクールなんて無駄だっていうことを言ってあげようと思って。僕だって華々しい成功が若い頃にはあった。この年になればこのざまだ。皆はただただ若い人がいいんだ」「それはコンクールが終わった後にでも別の機会に。」

この男性は比較的名前の知られている50代後半のピアニストだった。これは・・・演奏者に接触させてはいけない!ピンときた。演奏者はテンションも上がり気分が高揚し、調子が付いてきている。このままでいかせてやりたい。

そこで。ギンギンに冷えたシャンパンのボトル一本とグラスを持ってきて「それではあなた様はこちらでお一人で音楽界の将来のために乾杯を。」となみなみと注いだグラスを渡しボトルを床に置き逃げたのであった。

これはセルゲイ・ソボレフのリストコンクール直前のドライランの時の実話です。何も知らないセルゲイは「あっ、ピア二ストの○○さんがいらしてくださった。挨拶に行かなければ。」ワンおばちゃん「まずこちらのお客様にご挨拶を。お腹すいたでしょ、さあこれを食べてせいを出して。」躍起になって何とかその日は隔離に成功したのであった。コンクールの結果は2位だった。

ドライランを巡って

このドライラン・コンサートについてはもう一つ面白い話がある。このコンサートのチラシは、その日料理を出してくれたレストランにも頼んで配ってもらっていた。そこのレストランでワンおばちゃんが食事をしていると、70代近い著名なピアニストが1人で、美味しいお料理をまるで学食の無味乾燥な定食のように黙々と食べている。会計の段になってウェイトレスが伝票と綺麗に折ったチラシをもっていく。ピアニストはそれを開ける。

「こんな若造のピアノ聴くのに金を取るのか」ウェイトレスが「ウチの美味しいお料理も出るんだし、お飲み物も無料でおかわりもあるし、あそこに座っておられるマダムの用意されるシャンパンは素晴らしいし・・・。何しろ才能ある若い人をみんなで支援するんですもの。私も当日アルバイトで伺ってます。是非いらして下さい」

「なんだ、何故いつも若い人、若い人なんだ。いい加減にしろ。歳を重ね円熟し、今こそと言う演奏家に目もくれないような主催者はけしからん」ここでワンおばちゃん登場「先ほどからお話を聞いていました(聞きたくなくたって聞こえちゃう)ドライランのときには評論家ですら招待しないんです。BBCの○○や、タイムズの○○ですら応援するんだからとチケットを購入して参加しますとおっしゃっていらしてくださいます。しかし若い才能を支援する為にはあなたのような著名な演奏家に聞いていただくということがとても重要です。ぜひ聞いてやって、アドバイスでもしていただければ、ありがたい。招待を受けていただけませんか」

少し機嫌が良くなったピアニスト。行ってみようかなと言う表情に。ウェイトレス嬢も「一緒にいきましょうよ」。

ところがドアが開き、これまた業界では誰でも知っている評論家の某氏(タクトレス-無神経と言う意味でも名を馳せている)が駆け込んできて「まだ空いてる?あーもう今晩のウィグモアホールのコンサートたまったもんじゃないよ。おいしいもん食べなきゃ、やってられない。おっっっ○○○。久しぶり!しばらく見ないね。まだ弾いてるの?えっと最後に聞いた君の演奏会いつだっけ?奥さんの方はいつも見るけど。ああごめん。元だったっけ。どうなってたんだっけ、君んとこ。何々、このチラシ。おードライランか。僕、買うよ。この日行こうと思えば行ける」

かくして著名ピア二ストはドライランの招待を辞退。評論家が一名増えたコンサートになってしまった。