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MCSヤング・アーティスツは今日で15周年

MCSヤング・アーティスツは今日2021年5月21日で15周年を迎えた。色々思い出や記憶がたくさんあって書きたいことはいっぱいあるのだが、先月亡くなられたLady Solti(ゲオルグ・ショルティ夫人)との出会いの事がふと脳裏によぎったので書いてみたい。

ロンドンのメリルボーン地区で産声をあげたMCSはサロンコンサートが始まりだった。2年目に入ってやっと外の会場で一般の聴衆を対象にした演奏会を企画するようになった次第で、コンサートホールというよりは教会や音楽院のホールという様な場所でのアットホームな、サロンの延長線上の音楽会を開いていた。

ある日のこと。ロンドン王立音楽院の近くの教会で、複数の音楽教育機関で学ぶ生徒や学生のガラコンサートを開いた。入りはまずまずで8割は入っている。最後列には出演する生徒5、6名が衣装に着替えて順番に座っているし、最前列にはともすれば週刊誌やゴシップ欄に名前が出てくる様ないわゆる社交界の方々も綺麗に着飾って座っておられて、こちらは音楽のことよりファッションやレストランのお話で夢中である。入り口付近にいる自分にも彼らの会話がよく聞き取れた。そこへ開演ギリギリに滑り込みセーフで駆け込んで最後列にお座りになった婦人がいた。

2列ほど前にも空席があったため、ワンおばちゃんその駆け込んでこられた女性のところへ行き「どうぞもう少し前の方のお席に」「いえ、こちらで結構です」……促すも一向に移動する気配がない。しかし最後列の演奏者はガヤガヤしはじめ、音楽関係者たちもやたらめったら振り返ってチラチラこちらを視ているではないか。

何だかいつもと空気が違う……何だか変だわ。駆け込み婦人かワンおばちゃんか、皆どっちを見ているの…?だけどいいわ、開演時間だからさあ始めましょう、とオープニングの挨拶をするため前に進もうとしたら、最年長の出演者がワンおばちゃんを捕まえて言うに「Lady Soltiが来て下さったのにあのお席は失礼です。最前列にご案内して下さい」「えっ、Lady Solti!」そうだったのか!「Lady Soltiとは知らず大変失礼致しました。どうか前の方に」「……」「……??」「わたしは後ろが好きなのです」「どうか前に」…。

最前列では「あらあの人だあれ?」ファッションの見定めをする女性達の目はLady Soltiを注視する。真ん中の列に陣取っている何人かの音楽業界関係者はまるで「さあこれからどうする。どうなるの?」

最前列に座る男爵夫人(ドイツの鉄鋼王の巨万の資産を受け継いだと言われる)とその友人のLady H.に「今日のこのコンサートをずっと楽しみにしておいでのところ誠に申し訳ありませんが、ギリギリに駆け付けて下さったLady Soltiにご一緒に座っていただけるようお席をお詰めいただけませんか」と尋ねたところ「Well, she doesn’t look as though she is enthusiastic about attending this concert. I was looking so much forward…」

ようは「私は音楽学生を支援するために協力したい。パトロネージの一端を担いたい。私の一族は何百年もそうしてきた。だから今日も寄付をしそうな知り合いを大勢連れて来た。だから自分の役割に合わせてドレスアップしてここに座っている。だから詰めたりなどできません」。そのお声は教会に響きわたった。

もうダメだと観念したワンおばちゃんは「なにも起こらなかった」モードに切り替えて「Ladies & gentlemen…」とコンサートのスピーチを始めた。

音楽会が終わり、飛び出そうとするLady Soltiを見送ろうと入り口に向かったワンおばちゃんに、ノートに手書きで連絡先をお書きになり、名刺大に手で切り取って「あなたのところのstipendiumや若手支援のコンサートのことを学生から聞いて興味がわいたので来てみました。私も推薦したい学生がいます。あなたも推薦したい学生がいれば教えて下さい。協力者の連帯は大切です。音楽と全く関係のない今日の最前列のお客様の様な方々を大切になさい。全ては人。人間関係ですよ。音楽の知識は全くなくても音楽家を支援して楽しい、良い事をする機会が出来て嬉しいと考える人は大勢いますからね。覚えておいてね。音楽家を支援したいと思うのなら音楽家だけをみていてはダメです。」

これがLady Soltiとの出会いであった。その後何度かMCSのコンサートにはお出掛け頂いたし、Lady SoltiのイニシアティヴによるMCSのスティペンディアート制度の受賞者セルゲイ・ソボレフは長年にわたって彼女の「人的配慮」を受けた。

Lady Soltiは抜群の影響力を持っていて、人生の最後まで「Lady S の紹介」という人的コネクションによる最大の援護射撃を惜しみなく、多くの若手演奏家に向けて来た。

「第1楽章が終わったところで拍手する人を睨みつけて何になるの?」「これベートーベンですかそれともブラームス?と聞かれて眉を顰めても何も生まれません。新しい支援者や愛好家を増やし支援されるべき人とマッチングする。そのお手伝いをしていけばその結果、音楽人口は増えるし音楽家の助けになる」

初めてお目に掛かった時の彼女の言葉を最近よく思い出す。

Lady Solti、MCSはあなたの言葉を大切に、16年目に進みます。素晴らしい出会いをありがとう。