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キーシンが戦争について語る

エフゲニー・キーシンの4月28日開催のヴァンクーバーでのリサイタルを前に、カナダのメディアに長いメッセージが掲載されました。地元メディアのstirは、ウクライナの現状を踏まえこの問題に関して何か意見を述べる気はないかキーシンに尋ねたところ「ええあります。たくさん。」とキーシンは答え、かなりの分量のメッセージを寄せました。それを全文翻訳いたします。ウクライナを擁護するだけでなく、西側の政治家も痛烈に批判する内容です。

https://www.createastir.ca/articles/vancouver-recital-society-evgeny-kissin

誤訳や分かりにくいところなどがありましたらお教え下さい。訂正いたします。

以下翻訳:

アレクサンドル・ソルジェニーツィンの小説《煉獄の中で》の「スピリドンの基準」という章の終わりから引用して始めたい。この小説の舞台となるのは、モスクワ郊外にある「シャラシカ」と呼ばれる特殊な場所だ。スターリン時代に高い技術を持った政治犯たちが政府のためさまざまなプロジェクトに取り組んだ場所で、ソルジェニーツィン自身もここで数年間を過ごしている。小説の主人公の一人、若い囚人グレブ・ネルジンは、作者自身を原型として、魂の探求の時期を過ごし、もう一人の囚人、スピリドンと名乗る老農夫と親しくなる。最後にネルジンはスピリドンに自分の考えや疑問を述べ、次のような質問で締めくくる(以下、この質問とその続きを、ほぼ章の終わりまで引用する)。

この世に誰が正しくて誰が間違っているのかを見分けることができるだろうか?誰がそれを教えてくれるんだ?

スピリドンのしかめっ面は消え、まるで翌朝の当番は誰かと聞かれたように、すらすらと答えた。「私は言える。狼を殺すのは正しい、人を食べるのは間違っている」

「なんだと?何を言っているんだ?」

スピリドンの単純明快な答えに、ネルジンは息を呑んだ。

「ただそれだけだ」とスピリドンは言った。「狼殺しは正しいが、人食いは正しくない」(※)

グレブは、ささやくため顔を近づけてきたスピリドンの口ひげの下からの暖かい息を感じた。「グレブ、もし今、誰かが私に、原爆を積んだ飛行機が向かっていると言ったら、君はその飛行機が君をこの階段の下に犬のように埋め、君の家族や100万もの人たちを消し去り、老いたダディ・ウィスカーとその組織全体だけが根こそぎ引き上げられ、私たちの国民が収容所や集団農場、伐採作業で苦しむ必要がないようにしたいのか」。スピリドンは身構え、緊張した肩を階段に押しつける。まるで階段が自分の上に崩れ落ち、屋根とモスクワ全体がそれに続くかのように感じたからだ。「信じてくれ、グレブ。俺は言うだろう『もう我慢ならん!我慢するのはこりごりだ!』スピリドンはそう言いながら想像上の飛行機を見上げた。「『来いよ!さっさとやれ!早く落とせ!』と言うだろう」。

多くの平和主義的な西洋人にとって、これは驚きであり、衝撃的でさえあることは理解している。しかし、西洋の何百万人もの頭の良い愚か者たちは、共産主義の怪物に直面し自国の軍縮のためにデモをしていた時、アメリカや自由な世界一般が少なくともソビエトと同じくらい悪いと信じていた。その頃、鉄のカーテンの向こうの悪の帝国にいた我々は、地下出版で上のセリフを密かに読んでいた。我々は今日までスピリドンの基準を覚えており、誰が狼殺しで誰が人食いなのかは、我々にとって火を見るより明らかであった。

少し前に知ったことだが、ナチスドイツに勝利したウィンストン・チャーチルは、ソルジェニーツィンやグーラグ(矯正労働収容所)の他の囚人たちが当時夢見ていたことをまさに実行しようとした。モスクワとキエフに原爆を落としてソ連に侵攻し、2億人の人々を解放して赤い脅威から世界を救おうとしたのだ。しかし他の西側の指導者やチャーチル自身の軍部が皆これに反対していたという。その結果、ソ連をはじめとする共産主義諸国だけでなく、その他の国々でも1億人以上が殺された。今となっては、クレムリンの盗人たちが数十年にわたって、アフリカや南米をさえ含む地球全体でテロを支援していたことが分かっているからである。

その後、もし西側諸国が「デタント」(緊張緩和)という不名誉で自殺的な政策を追求しなければ、悪の帝国はもっと早く崩壊し、世界中の何百万人もの人命が救われたことだろう。

もし西側が8年前、クリミアを併合した後、プーチン政権に対して現在と同じ制裁を加えていれば、今のウクライナでの戦争はなかっただろう。2008年、プーチンのグルジア侵攻と南オセチアの事実上の併合に対して、欧米がそのような制裁を適用していれば、プーチンは5年半後にクリミアを併合しなかっただろうし、もしかしたらその時にはもう政権を失っていたかもしれないのだ。さらに言えば、1999年から2000年にかけて、チェチェンでの大虐殺に対して西側諸国がこのような制裁を加えていれば、グルジアやウクライナへの侵攻は間違いなくなかっただろう。

プーチンは、ウクライナ侵攻の直前にロシアのテレビで放映された演説で、「1990年代のロシアが極めて開放的であったにもかかわらず、欧米はロシアに対して非常に不公平であった」と主張した。しかしそれはさほど驚くべきことではない、プーチンが何者か私はよく知っているし、彼がどう振る舞うかを理解しているからだ。私が非常に驚いたのは、西側諸国、つまり確固たる民主主義の信念を持つ人々の中に、「西側諸国は冷戦の勝者のように振る舞いすぎた」という見解を共有する人々がいることである。私や私の友人たちにとって、それが正反対であることは明らかだ。西側は冷戦の勝者のように振る舞ってはいない。だからこそ、私たちは今、さまざまな問題や悲劇を抱えているのだ。ソ連が消滅した後、なぜロシアが国連安全保障理事会の議席を引き継いだのだろうか。第二次世界大戦後、ソ連に議席を与えないようにするのは難しかったのだろうとは思う。しかし悪の帝国が崩壊した後、なぜロシアに与えられたのだろう。例えば、カナダ、オーストラリア、日本などの民主主義国家に与えられるべきだったのだ。そして今、私たちは皆、そこからどのような問題が生じているのかを目の当たりにしている。共産主義の崩壊後、西側諸国はロシアに対して、ナチズム崩壊後のドイツにしたようなことをすべきだった。指導者は国際法廷で裁かれるべきだったし、西側諸国はロシアに共産主義のイデオロギー、文学、シンボルを違法とし、共産主義の犠牲者のために何十もの記念館を建て、絶えず悔い改め、クレムリンの悪党どもによって犠牲となったユダヤ人、ウクライナ人、エストニア人、ラトビア人、リトアニア人、グルジア人、ポーランド人、チェコ人、その他多数に賠償金を支払うよう強制すべきだったのである。ウクライナとバルト諸国のスパイたちは、第2次世界大戦後にズデーテンとシレジアのドイツ人がドイツに移されたのと同様、ロシアに移されるべきだった。西側は何もしなかった。共産主義後のロシアは、元CPSU地域委員会書記ボリス・エリツィンの下で、ミロシェビッチを支援することによって、西側とは逆の外交政策を直ちに開始したのである。ソ連が崩壊し1年も経たずロシアが荒廃しているときに、外相のアンドレイ・コズイレフ(彼は偉大なリベラルと考えられていた)は、フランクフルトの新聞(Frankfurter Rundschau)のインタビューで、大胆にも次のように語っている。「モスクワとの会話において講釈をするのは不適切である」。西側諸国はそのすべてを飲み込んだ。そして、「民主的」なロシアは、アブハジアでグルジア人(現ジョージア人)の民族浄化を行い、グルジア(現ジョージア)からアブハジアを奪った-そして、西側諸国はエリツィンがそれを行うことを許し、彼を支援し続けたのである。8万人の死者を出したチェチェンでの最初の戦争の後でも、西側諸国は口先だけの批判にとどめ、ロシアに制裁を加えることもなかった。これらは事実である。悲しい、恥ずかしい事実である。

ヒトラーの経験からほぼ1世紀がたとうとしているのに、西側の政治家たちは、独裁者や殺人者はなだめるのではでなく、最も断固として、あらゆる可能な手段で立ち向かうべきだということを、どうしてまだ学んでいないのだろう。そうすることは、西側の権利であるだけでなく道徳的義務である。さもなければ、独裁者に犯行を奨励する犯罪の責任を負うことになるのだろうか。プーチン率いるロシアの外相がイギリスの外相に「私に説教するお前は誰だ」と言ったのなら、こう答えるべきだ。「言葉に気をつけろ。私は世界最古の民主主義国であり、偉大な民主主義大国であるイギリスの外務大臣である。共産主義、ナチズム、ファシズム、聖職者主義など、自由と民主主義からの逸脱がどこにつながるかが最も明確に示された20世紀の経験の後、あらゆる欠陥と不完全さを持ちつつも西洋がこの地球上で最高の社会であり、西洋に対抗するどころか、自由と民主主義の神聖な原則にあえて反対する者はみなクソだということを説明しなければならないのか。あらゆる糞は、悪臭を放って善良な人々の生活を損なわないよう、できるだけ早くトイレから流されなければならない。」

数年前に西洋の原則、西洋の理想、西洋の国際政治が同じではないこと、西洋の政治家のほとんどが何十年にもわたって自らの理想と原則を裏切ってきたことに気づいたとき、私はひどく落胆したと言わざるを得ない。もう一つの衝撃的な例は、民主的なイスラエル国家が誕生して以来、日和見主義的な西側の政治家たちが、自然な同盟国であるイスラエルを破壊しようと決意している反民主的な敵に譲歩することを強要してきたことである。

今、私が彼らに言えることは、勇敢なウクライナ国民がこの戦争に勝利し、侵略者と殺人者を彼らの国から追い出すためにあらゆることをしなければ、歴史はあなた方を決して許さないだろう、ということだけだ。

※ロシア語では韻を踏んでいる。「Volkodav prav, a lyudoyed – net!」