ポップスやら落語やら何やらと違い、クラシック音楽のコンサートでは曲目を事前に発表することがほとんどです。常識のようになっています。なぜなら、演奏家+曲目というモチベーションがあってはじめて、人々はチケットを買うからです。
ポップスであれば、その歌手なりグループなりの曲目の中から歌われることが明らかなので、マドンナのコンサートに行ったら津軽海峡冬景色が歌われるとかそういうギャップはまず発生しません。しかしながらクラシック音楽のコンサートの場合、作曲年代や作風にきわめて大きな幅がありますから、ハイドンとかいわゆる古典を想像して行ったらジョン・ケージが演奏されたとかいうことになると、まったく期待に反するということになり、それはすなわちマドンナがどじょうすくいを突如歌い始めた的なギャップが発生するということになり(そもそもそんなことないと思うけど)、聴衆の満足度が著しく変化する。そういったことに対する予防策?とかそういう感じでもありますね。
しかし、決まっていた曲目は変わることもある。人間だもの(みつを)。理由は本当に様々あります。本当に100の変更があれば100の理由があります、と言った感じ。ただし、何の悪気もなく「あーっと、メインを展覧会の絵にしてたけど、やっぱプロコの6番にするわ。気分が変わったから」とかそういうことを平気で言って来られたりすると、現場は混乱の極みとなるわけです。困ります。「なんやて!?」
日本という国はわりかし《段取りが命》です。曲目も、まあケースバイケースなんですが、決まっていたものを変える、ということに対しての反応はわりと厳しめ。大きなソナタとかのメインディッシュ的な曲、あるいは極めてマニアックで滅多に演奏されない秘曲などが変わった場合「私はかくかくしかじかの曲が聴きたかったらからチケットを買ったのである。キャンセルしたいから返金してビッテシェン」とこうなります。問い詰められます。
状況にもよりますが上記事態が出来した場合、はいそうですかとすぐ飲むことはしません。「もう発表してるんだから変えてくれるなプリーズ、日本の聴衆は曲目に対するこだわりが非常に強く、変更に伴いチケットの払い戻しが発生するケースがけっこうあるのですシルブプレ」などと説得にかかります。これでなるほど、と変更を変更してくれるケースもあります。すると現場は一安心である。
しかし、言ったところでなかなかわかってもらえないケースもあります。普通にさらっと、だって練習してないから弾けないものは弾けない、とか理解不能なマウントをとってくる演奏家もたまにいたりします。こう来られるとこちらも頭に血がカッ!と上ります。本人がいま一番うまく弾けると思っている曲に変更したいと思っているのだから多分そうしたほうが演奏はいいだろうけれど、と思わぬでもないですけれど、釈然とはしません。
というわけで、そういうマウントとは無縁ですが、アンドレイ・ググニン(公演がいよいよ迫ってまいりました!)の曲目がわけあって小さく変更になりましたので、お知らせいたします。
ググニン、最初の平均律の曲目が変更。第2巻ニ長調から第1巻変イ長調へ。これは、最終的にコンクール側に提出した曲を変えていた、という理由です。プログラムブック作るから曲目最終確認やでー、と本人にメールしたところあっ、曲変えてます、と言われて判りました。そこまでメガトン級の変更ではないので大丈夫・・・でしょうか。皆様があたたかく了承して下さることを祈っております。
●アンドレイ・ググニン ピアノ・リサイタル広島公演はこちら
https://mcsya.org/concerts/gugnin-hiroshima/