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音楽監督をメールで辞任する時代

Photo: Andrew A Smith

こういう重要事項は対面で、あるいはせめて電話で、と思う私は古い人間なのでしょうか。辞表(あるいは退職届)っていうのは紙に書いて出すもの。ビリビリに破られたって、第2第3の紙を出して、それでもだめなら内容証明郵便でどうぞ。

トーマス・ダウスゴー、日本でも知られたデンマークの指揮者です。スペルはDausgaardとなかなか難読。アメリカではどう発音されているのかが気になるところであります。普通にいったらダウスガード、ぐらいでしょうか。さすが首都がKøbenhavnの国であります。難しいって素晴らしい。

脱線しました。ダウスゴーがアメリカのシアトル交響楽団を初めて振ったのは2010年、2014年から首席客演指揮者、2019年から音楽監督。2022/23年シーズンをもって契約満了だったところ、今すぐ、即効やめる、という宣言を「メールで」して、それをオーケストラが受け入れたということのようです。オーケストラがリリースを出しているし、地元の新聞にも出ている。

シアトル交響楽団のリリース:
https://seattlesymphonypress.squarespace.com/pressreleases/2022/1/7/the-seattle-symphony-announce-closure-of-music-director-tenure

ザ・シアトル・タイムズの記事:
https://www.seattletimes.com/entertainment/classical-music/thomas-dausgaard-seattle-symphonys-music-director-abruptly-steps-down/

いやしかし、英語圏の人にとってもやっぱりメールで退任の申し出があったっていうのは驚きだったみたいですね。ザ・シアトル・タイムズの記事のタイトルが「突然の辞任」だし、わざわざ「メールでやめた」ってことが書いてありますから。でもこれは、みんなの考えが古いままアップデートされてないからだろうか。いまどきの若者はラインやTikTokで退職の意思表明をするのかもしれません?

突然?マークで文章を終えたからみなさん戸惑われたでしょう。メールで、あるいは文章で伝えるっていうのは、対面でやるのよりもずっと難しいんですよ。「、」の打ち方一つで意味が大幅に変わることもあり、私のこのブログのように出たとこ勝負でカチカチ書きとばすのとは話が違う。なので普通は対面でやるのがいいと思うんですよね。

本人のメールの文面であろう本人のコメントが新聞に引用されていて、理由は「パンデミック」ということになっています。が、これが真の理由かどうかはわからない。これは建前で、本音は別のところにあるのかもしれない。それを暗示するのがシアトル・タイムズに出ているオーケストラCEOのコメント

“I don’t know that I expected it, but I’m not sure I was totally surprised,”
「予測していたというわけではないが、完全に驚いたわけでもない」

まことに微妙なコメントであります。奥歯にめちゃめちゃ挟まってるやん、もうちょっとストレートに言ってくれや!!

と思うかもしれませんが、本音と建前を使うのは日本人だけじゃありません。もしかすると健康上の理由があるのかもしれないし、あるいはNYフィルからとか、いわゆるもっとよいポジションを提示されたかもしれない。もしくはオーケストラと大喧嘩をした、などさまざまな理由が隠れている可能性があります(もちろん今回のケースがどれにあたるのか私が知っているわけではありません。本当にパンデミックが理由の可能性だってある)。

こういう時に本音をうっかりぽろっと言うと指揮者として、あるいはオーケストラとして立場が悪くなる可能性がある。なのでお互いににっこり笑って良好な関係を強調するわけだ。それが政治的に正しい。ほら、ロシアとアメリカの大統領だって、裏でお互いをどう思っているかわからないけれど、出会ったら(よほどの事がない限り)握手をするでしょう?

それこそが外交の難しさであり、醍醐味でもあるわけですよ。オーケストラと指揮者の関係も外交問題なんですよ。