このページは宗次ホール副支配人、西野裕之氏とのインタビュー(後編)です。
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コンサートの裏側をお教えします
山根: まあ音楽家ってのはそもそも言葉ではないものを扱っている人たちなので、言葉以外で通じあえる部分もかなりありますね。では人には言えないが公演中にやってしまうことはなんですか。
西野: 人には言えないことは人には言えませんね(笑)。
山根: ちぇっ。実は舞台袖では居眠りしていますとか、急いで夜ご飯食べてるとか、そういうのが聞きたかったんだけどなあ。
西野: ノーコメント。まさかご自身のことではありませんか。
山根: ギクッ!!ないない!!(大汗)・・・・さっ、さ、ささ最近の台風や大雪に対して言いたいこと、あるいは対策していることなんかがあればぜひ。
西野: 極端すぎますよね、雨も雪も。季節にしても春と秋が無くなって、夏と冬がいきなりやってくるかんじで・・・。宗次ホールの冷暖房は季節の変わり目で大元の冷温水発生装置を切り替えるので、暖房・冷房をその日の温度で切り替えできなくて困ってしまいますね。
山根: あ、これはコンサートホールあるあるですね。時々大声でクレームが来ることもあるんですけれど、ホールって、家庭のエアコンみたいに簡単にボタン一つで冷房と暖房を変えられないんですよね。わりと大掛かりな「空調の切り替え」っていう作業がいるんです。作業には時間がかかるしもちろん自分では出来ない。業者を予約して、来てもらってやる必要がある。
要するに「ホールの暖房冷房の切り替えは意外と面倒」だっていう事は知っておいていただけると嬉しかったりします。いやもしかするとボタン一つで切り替えられるっていうホールもあるのかもしれませんけれど。
ともかく、空調を《冷房》に設定してたら「温風」は出せない。この設定をいつ切り替えるのか、っていうのがまた頭の痛いところで、毎年春と秋に天候をにらみながら設定するんですよね。で、冷房から暖房に切り替えた瞬間にまた真夏日が続いたりしてね・・・。そうしたら「暑い暑い」の大クレームなんですよね。ごめんなさい。
西野: 台風は中止の判断が難しいですよね。数年前までは名古屋の場合、暴風警報でも市営地下鉄が動いてて、演奏者も会場に到着してれば開演してなんら不思議はなかったですけれど、昨年の台風のときに初めて「地下鉄は動いてるけど中止」としました。こんな日にコンサートを決行するなんて、という非難の声が上がりそうでしたからね。まさに自粛。あれは、ある意味今回のコロナウイルスに対する劇場の対応の布石といいますか、予兆といいますか・・・そういうものだったのかなって、今にして思うと。・・・なんだか質問に対しての答えになってないですけれど。
山根: 非常時の対応っていうのは、この数年で大きく変化していますね。というかむしろいまコロナが世界中が大変なことになっていて、今まさにむちゃくちゃ非常時なんですけれど。宗次ホールでは現状で何公演ほど中止・延期になっていますか。
西野: 約100公演です。コンクールも含めると。
山根: 100・・・・。中止の告知とか返金とかそういう作業の量を想像しただけで貧血を起こしてまた倒れそうです。しかもこの数は今後増える、増え続ける可能性もあるわけなので、本当につらい。早く収束をして欲しいと願うしかないのもまた辛いですね。そんな中ではありますけれど、コロナが終わったらやりたいことはありますか。
西野: いや、終わりがあるのかどうかすら見えてきませんが、もし「これで終わりました!」となれば、子どもとスーパーに買い物に行きたいですよね。子どもが「スーパーに行きたい!カートを押したい!」って言うんですけど、今は連れていけないですから。
山根: 密は避けないといけませんからねえ・・・・。密です!密です!!密です!!! なんでもないです。私は温泉に行きたいっすね。上の子も真ん中の子もオッキイオフロ(温泉のこと)が大好きですからねえ。源泉かけ流し、待ったなし!!!
西野: あー。温泉もいいですねぇー!
山根: 世界の音楽祭どこか一つ言ってきていいよ、お金の事は心配しなくていいから、って言われたとします。どこに行きますか。
西野: ぱっと思いつくものが無い・・ですね。たぶん私ほどコンサートを聴きに行かない企画担当者も珍しいと思います。不勉強ですみません。ただ、言い訳すると年間150本くらい企画から制作までやってるとなかなか・・・。
山根: まあそうですね。私も質問しておきながら特にどこ行きたいなとか思いませんでしたもん。強いて言うならそうね・・・・トマトをひたすら投げ合うやつかな。
西野:音楽祭ちゃうし。
山根:それよりやっぱオッキイオフロ(温泉)に入りたいですね。登別に行ってツキノワグマを見つつでもよし、白浜温泉からのパンダ三昧でもよし、熱川温泉とバナナワニ園のセットでもいいし・・・。
西野: 常に動物とセットなんすか。そうそう、宗次ホールは常駐の舞台技術者が1名しかいないので、企画担当者がステマネ(注:ステージマネージャーの略。参考)をやります。あるホールでは企画担当者が必ず客席でお客様の立場になってその日の公演を聴くことにしている、とか聞いたことがありますがその余裕は無いですねぇ。
演奏者には申し訳ないのですが、演奏中も舞台袖で次の舞台転換に備えつつ、先の公演に関して電話連絡をしたりチラシの校正をしたりしてますし。
山根: あっ、演奏中にやっている!!
西野: すいません。
ホール運営、宣伝告知の大変さ
山根: 宗次ホールのお客様は名古屋市内がメインですか、あるいは近郊の県の方もたくさんおられますか。
西野: 名古屋市内が多いです。どれくらいの割合だったかな・・・。データを簡単に出せるようにして無くてすみません。お昼の公演は自転車でいらっしゃる方も多くて、生活圏内にホールが有るって感じですね。名古屋は東京や大阪とちがって都心エリアが小さくて、ちょっと離れればすぐに住宅街という事情もあるのだと思います。
山根: あちこちにホールがある東京はやっぱり何ていうか、都民が言うのもなんですけど異常だっていうところもあるのかもしれません。友の会はどのぐらいの数ですか。
西野: 会員制度は昨年の3月に廃止してしまいましたが廃止直前で11,000人くらいでしたかね。
山根: あ、そうなんでしたっけ!不勉強ですいません。1万越すっていうのは、それはすごいですね。ダイレクトメールはどのぐらいの頻度で送っていますか。
西野: 毎月新しく出来たチラシを封入しておくってましたね。多いときはA4で30枚以上封入されていたような。
山根: ・・・・30枚は多いな。多い。私の前職では20枚ぐらいが最高だったと記憶しています。わたしまけましたわ。これ、回分なんで右からもいっぺん読んでみてください。
西野: で、やめるときに「今後はLINEの友達登録でチラシのPDFを送るんで、紙はもう送らないよ」と。
山根: あ、LINE使っているんですか。
西野: とはいえ、引き続き紙で送ってほしいという方も当然いて、そういう方には従来どおり送ってます。数としては4000人強ぐらいかな。送料とチラシ印刷の手間が半分以上削減されたので、その浮いたお金でウェブの大改造をしました。
山根: いやーウェブサイトがきれいになりましたもんね!
西野: はい。スタッフが手直しするのもとっても楽になりました。今回コロナ中止だ延期だいろいろ臨時情報を載せなくちゃいけないのに、本当に助かってます。もし以前のままだったら大変なことになってたと思います。
山根: この、ウェブサイトの更新とかって自分たちでちゃっちゃっと出来ないと機動力が失われるのでストレスだし、情報も素早く出せないから厳しいですよね。勇み足には気をつけないといけませんけれどね。
ところで、チラシはどうやって作っていますか。宗次ホールでは文字メインの仮チラシときれいにデザインされた本チラシとがありますよね。効果には違いがありますか。どう棲み分けていますか。
西野: もともとチラシはデザイン含めて地元の印刷屋さんにお願いしてましたが、公演数の増加につれて、外部委託が追いつかなくなってきて、自社内でデザインをして印刷だけ外に出すことにしました。幸いスタッフがひとりDTPに興味があって、自分で勉強してやっていってくれたんですね。今もそのスタッフが宗次ホールのカラーの広報物はほぼすべて制作してます。
山根: すごい。私なんかワードしか使えないって開き直っちゃってるんでだめですね・・・。パワポも使えません。プレゼン能力ならレベル1です。スライムと戦っても余裕で負ける自信があります。
西野: 仮チラシ(=武蔵野市民文化会館風アジビラ)は公演数のさらなる増加にカラーのチラシ(=本チラシ)が追いつかなくなってきて、窮余の策で作り始めたものだったのですが、今は逆にこれはこれで、本チラシでは出せない押し方ができます。
本チラシの場合、宗次ホールではオーナーの意向でできるだけ演奏者の写真を出してということで、写真の印象が第一、という感じですが、仮チラシは文字情報が主ですから。あとは、広報宣伝的な意味合いだけでなく、社内スタッフの中でも、本チラシの前に仮チラシがあるとその公演のおすすめポイントをぱっと把握できるというような意味合いがあるかな、と思います。
山根: いや、実は仮チラシの効能ってそこにあるんですよね。口で説明をしなくてもポイントが全部書いてあるっていうところ。汚いとか言われることもありますが、パッとそのビラを見て、この人の売りは何で、このコンサートの売りはなんなのだろうか、ということがわかるっていうのはめちゃめちゃ効率的ですよ。
宗次ホールが他のホールと違っている点、ユニークだなと思う点はどこでしょうか。
西野: 先に申し上げたとおりここはあらゆることが独特なのですが、 そのすべての理由は自治体でも会社でも財団でもなく、宗次さんという個人が運営しているということに行き着きますね。パブリックなホールのようでいて、感覚は個人宅のリビングでホームコンサートを開いている感覚。2014年に貸館をやめてしまったのもそういうことが背景にあります。
山根:貸館つまりホールのレンタルをやめよう、というのもすごい決断ですよね。ホールを一般には貸していないっていうコンサートホールって日本全国でも数は限りなく少ないと思います。
西野:あと「宗次さんは音楽ホールを建ててしまうくらいだから、クラシック音楽に詳しくて、それこそマニアックな程に知識を蓄えているのかな」と思われることも多いのですが、全くそうではなく、良い意味での初心者。さっき山根さんが挙げたような通なお客様のように「あの曲のここの部分ですがどうしてあんな解釈を?」と演奏者に尋ねるようなシーンは一度も見たことがないですね。基本どんな演奏もニコニコと最後列で聴いていらっしゃる。ですので企画の中身に関する指示も大まかな方針は示すけれどそれ以降は「あとは自由に」と。
ガチガチに管理されたホールも現場は大変だと思いますが、この自由さはまたこれはこれで別の苦しみもありますね。
山根: いやはや、本当になにからなにまでユニークです。それにしても宗次さんご本人と宗次ホールとが日本のクラシック音楽界に与えてきたインパクトというのは相当なものだと思っています。宗次さんが複数の音楽系の学校に巨額の寄付、文字通り目を疑う額の寄付をされている、という事はもっと広く知られるべきだと思います。
コロナの後、あるいは今後の課題
コロナが収束し、公演がまた開催できるようになりましたらまたいろいろと面白い企画を立ててください。ちなみに今後の、という意味で、今後のホール運営で課題だなと思っているところがありましたら教えて下さい。
西野: ここ数年、室内楽を主催事業として採用してくれるホールが全国的に減少していたり、あるいは事業を続けていたとしても年間6本だったのが4本になったりと、どんどん枠は少なくなっていますよね。
山根: 全くそのとおりですね。全国的に。
西野: その影響か、今までは全国いろいろなところに営業に回ったものの決まらなかった企画が、最後に宗次ホールにやってくることが多かったのですが、最近ではほかのホールを当たる前に当館ご指名で話がくるようになってきました。
山根: それは有り難いことでもあるのではないのですか。
西野: 必ずしもそうとも言えません。こうなると必然的に企画が決まってから公演日までのスパンが延びてくるということになります。つまり早め早めに準備をするっていう事です。これって良い事のようでいて、果たしてどうなのかな・・・ということも思うのです。たいてい「こんなアーティストが急遽来日」とか「この組合せでこの曲をやろうと急に決まって」とか、そういうののほうが断然「面白い」んですよね。
山根: わかります。面白い企画って往々にして最後にポッと顔を出すんですよね。いやその話あとせめて半年ぐらい前に持ってきてくれよ、みたいなね。
西野: これは宗次ホールの課題という話から外れますけれど、折しもコロナの騒動で、オリンピックもそうですが1年とか2年とか長い時間をかけて準備してきたものが、バッサリ中止や延期になっていくのを目の当たりにしていると、このコロナ後の世界っていうのはそういう「準備に時間をかける」ことが良しとされていた価値観の終わりなのかなと。当然、コンサート業界も変化していかざるを得ない気がします。
それこそ京都のカフェモンタージュさんみたいに、シンプルなチラシでほとんどSNSでの宣伝のみ。「来週こんな演奏会やりたいんだけど、来る?」「あー行きます行きます、1席予約しておいて」みたいな感じですか。演奏家のほうにも「明日の夜コンサート出てもらえませんか」なんて無茶ぶりが当たり前になるかもしれない。
一方でじっくり準備して細部まで入念にコンサートをひとつの作品として仕上げようという方は、録音とか収録、あるいは動画配信の方へ向かうのかな・・・とか。
山根: 本当に果たして今後はどうなるのでしょうね。いろいろ考えてみいてますがわかりませんね。ソーシャルディスタンスがなくなるのはいつのことでしょうか。それまで、またその後も皆でいろいろな形を模索しつつ、考えながら行動してくことになるのだとは思います。やってみてダメだったらまた他の方法を試す、トライ・アンド・エラー。
西野: いま宗次ホールでも「コンサートが中止になっているいまこの時間を利用して来年のブッキングをどんどん進めよう」という話もありますし、うーん、複雑ですよね。内心は「決めたってやれると限らないじゃない?」という思いもある。コンサートが再開される日が来たとして、その最初のコンサートは普通に行けば、随分前に予定してあった公演ということにはなるのだけれど、なんとなくやっぱり違和感もあるのです。それでいいのかな、って。
山根: これは音楽業界に関わる人達全員に突きつけられている課題でもあると思います。本当に、いついつになったらコンサートができます!っていう状態ではいま全くありませんからね。ともかくやることにして粛々と準備を進める、それで延期せざるを得なくなったらまた延期、っていう人や団体もありますし、正解は結果でしかわからないですよね。あとになって振り返って、あ、そういうことだったんだ、みたいな。
いまこの状況だからコンサートは出来ないなと思って早々に先の公演を中止にしても、やっぱ出来たやん、みたいなことを後から言われるかもしれない。でも明日から出来る、ということになったってすぐにお客様は帰ってこない。ソーシャルディスタンスが続く限り客席には空席を作りまくることになるのかもしれない。
このあたりの話は本当に今はまだ答えがないし、しんどいですね。我々はワクチンが出来るまで、ただひたすらに耐え続けないといけないかもしれないわけです。もしくは集団免疫の獲得。
気を取り直しまして最後の質問です。野村監督は生まれ変わってもサッチーと結婚すると言っていましたが、もし生まれ変わるとしたら同じ職業に付きたいですか?
西野: うーん。生まれ変わった世界に宗次ホールというものがなかったら、こういう仕事は私には務まらない気がします。たまたま、宗次ホールだからやれてるような気がするのです。それはひょんなことで就職してしまったということもあって・・・。学生時代からアートマネジメントなど、こういう職業に関連した勉強をして文化施設に入職した方々に申し訳ない。はい。
山根: 申し訳なく思うこともないのではないですか。「縁(えん)」っていうやつですね。縁っていう言葉、私は好きですね。若い頃は私もそれなりに尖っていて、縁ってなんやねん!!フチって読むんちゃうんか!!非科学的なこと言うなや、とかそういう感じのものをいうたいへん嫌な野郎でした。 Y’sの服を着て 。
いやあ、Y’s好きだったんですよ。コム・デ・ギャルソンよりもY’s。なおヨージ・ヤマモトは高すぎて手が出ない。今は毎日同じユニクロのフリース着てますけどね。ちなみに私が3年間務めた音楽事務所アスペンは表参道駅からプラダ、コム・デ・ギャルソン、ヨージ・ヤマモト、根津美術館と歩いていって、さらに先の坂道の下にあるんですよ。
最後にもう一つだけ。犬派ですか猫派ですか。
西野: 子供の頃はシーズー犬を飼っていました。今は3匹の猫との暮らし。毎朝5時半に叩き起こされます。いや正確に言うと叩くのではなく胸の上にのしかかってくるんですが。体重6kgです。カリカリをあげてます。猫は平和を司るもの、です。
山根: そうですか。うちには猫2匹がいます。6時過ぎに腹減ったといって起こしに来ます。子ども3人に猫2匹なんで、コロナに負けず頑張らないといけないなと思っています。
西野: はい。うちにも人の子が2人。山根さんのような素敵な父親に近づけるよう頑張ります。
山根: なんと子どもの数と猫の数が逆だ!これはなんという偶然!・・・お互い、子育て、猫育て、それから仕事も頑張ってまいりましょう。
それではどうもこのたびは突然に依頼をしたにもかかわらず興味深いお話をいろいろとありがとうございました。このコロナが収束しましたらニッコリ笑ってまた西野さんや会場のお客様にお会いできる日を楽しみにしております!!
西野:こんな感じでよかったでしょうか?私もMCSのブログはいつも楽しみに読んでますのででこうしてお招きいただけて光栄でした。ありがとうございました!