ドイツの補助金制度は盤石なのか?
コロナ対策の先進国と言えばドイツ、ドイツは文化への対応が早い、すごい、補助金がフリーランスのアーティストにもバンバン!ドイツ万歳、万歳、バンザーイ!!!日本もドイツみたいにはならないのはおかしい!!
そんなふうに皆様、なんとなく~真剣に思っておられたりするのではないか。しかしながら、ドイツの現状は必ずしも万歳一辺倒ではないかもしれない。複数の方面からちらちらと情報が流れて来ています。・・・しかも貰った補助金は一部もしくは大部分を返金しないといけないとしたら?
ベルリン在住のある日本人演奏家からはそもそも「バイエルン地方などでは出ていないケースがあるようだ」「産休育休を取得している人には出ていないようだ」と聞きましたし、状況はドイツでも厳しかったりするのではないか。日本の我々には、隣の芝生が青々と茂って見えているだけなのかもしれない。
たとえば英国の場合は「95%のフリーランサーを救う」という名目で政府が動いているようですが、実際には6割程度の人にしか補助金は支払われていないようだ、ということも知りました。これ↓
ご注意いただきたいのですが、人によって事情は異なりますし、見え方とかも違います。ケースバイケース。全てを一括して語るのは危険、物事の一面しか捉えていないことになりますので、このレポートもあくまで一つの個別の例としてお読み下さい。また当然のことながらドイツを貶めたいとかそういう意図もありません。
今回お話を聞けたのはフランクフルト在住のピアニスト、犬飼新之介(いぬがい・しんのすけ)さんです。プロフィールは最後にあります。
【無駄なミニ知識コーナーだよ!】ドイツにフランクフルトは2つあります。犬飼さんがお住まいなのはフランクフルト・アム・マインつって、みなさんがご存じの《日本からのフライトが就航している》ほうの、でかい方の、ドイツ第5の都市フランクフルトです。日本に例えたら札幌市が2つあるとか、げえっ!そうなの?っていう感じなんで、そこんとこよろしくぅ!!(意味不明)
犬飼新之介氏、語ります。
●ドイツ政府から補助金が出ていない、と伺いました。具体的に、書ける事で結構ですのでご自身の体験をお教え下さい。なぜ補助金は出ていないのでしょうか。
―― はじめに、私が今から書く情報は、コロナに関する情報が日に日に変化している中で、ニュースや新聞、雑誌やインターネットの情報、友人からの聞いたもの、Twitterからなどといろいろ混在しており、100%正確で最新の情報かどうかはわかりません。その点はご了承下さい。
私はフランクフルト音楽演劇芸術大学を卒業し、2年前に無期限ビザを取得しました。今は自営業フリーランスのピアニストとして、ドイツと日本を拠点に演奏活動をしております。最終学歴はKonzertexamen(演奏家国家資格取得コース)修了、となります。
みなさんがおっしゃる補助金についてですが、今のところ私はもらえておりません。金額は確か雇用者の有無などいろいろな状況によって変わってきますが、3ヶ月間に9000ユーロがマックスだったかなと思います。
そもそもドイツは州ごとで状況が違います。今回の件で、留学前にも同じような経験をしたのを思い出しました。ドイツの音楽大学の入学に際し日本で情報取集をしていたのですが「ドイツはこうだ」と聞いていた話と、実際にフランクフルト音大に行ってみての状況には相違がありました。
学校の制度、入学試験内容、授業料の有無などが州によって異なっているため把握するのが困難です。私の場合、在学中ある時期、最初か次のゼメスター(学期)だったと思うのですが、世論や政治の方向性から州議会の議決で外国人の授業料が導入されたり、それがまた後になって無料になったり、ということがありました。
補助金の話に戻りますが、申請にあたっては基本的に向う3ヶ月の予算、経費の試算リストを提出するようになっていますが、「これは収益を補填するものではなく、必要最低限の経営を持続させる為の運営資金をサポートするものである」という前置きがあります。
すなわち、ここには生活費は含まれません。私のように無所属で演奏活動を展開しているフリーランサーにとっては条件が当てはまらない、あるいは証明ができない部分があるように思います。
ベルリンには多くのアーティストが生活をしていて、収入を補填する補助金(=無条件で補助金を受け取ることができる)というものもあるそうです。確認はしていないのですが、これに関して最近条件が厳しくなった、という話も聞きますし、そもそもドイツにいればどこでも取ることの出来るお金ではないと思います。
●またその補助金は「早いもの勝ち」で早々に資金が枯渇したとも聞いています。ところでこの補助金は返還する必要があるのですか。私も不勉強にして知らなかったのですが、日本では「ドイツの補助金はすぐもらえるし何にでも使える」と理解している人もけっこういると思います。返還する必要があるとしたら、いつ、どういう風にでしょうか。
―― はい、私の認識では返還の必要があります。先ほどお伝えした経費試算に基づき「支払われた経費以外の余りについては返還の義務がある」と書いてあるからです。いつなのか、どのようにか、についてはまだよくわかりません(注:5月19日時点)。今後またそういう情報も出てくるのではないかと思います。
●先日パリのレストランへのインタビューを見てびびったのですが、オーナーシェフが「いま補助金が出ているから自分たちはとりあえずそれで生活出来ているが、レストランを開けて良いとなったときにその補助金は当然なくなる、その時が怖い」と語っていました。ソーシャルディスタンスを守って空席を作ってレストラン経営は成り立たない、という内容。フランスとドイツとでは異なるんでしょうが、ドイツでの補助金はコンサートが始まったら消えるのでしょうか。
―― 補助金の条件として「収入が著しく減った、もしくはゼロになった」というものがあると思います。経済活動が動き出したら、補助金の条件も変わってくるだろうと思います。補助金を延々と流し続けてしまったら国は破綻してしまいます、ただレストラン経営者にとってそれは非常に大きな問題だと思います。難しい状況です。
ドイツでも5月6日だったかに緩和政策の指針が出され、15日からソーシャルディスタンスを守り、来店者の身元を明らかにする(氏名、住所を記載する)などの措置をとるという条件つきでレストラン再開が許可されました。次第に普段の生活に戻りつつあります。
その前は、3月の中旬頃から、飲食店やバーはもちろんのこと生活必需品(スーパーマーケットやキヨスクなど)を扱う以外のほぼ全てのお店、施設、公園(遊具などの使用禁止)が全て閉まりました。本当に全てだったので、徹底しているなぁと思いました。テイクアウトはOKでしたが、初めは電話等で前もって予約したものの受け取りのみ、というお店もありました。
当時も散歩やジョギング等の単独のスポーツ(当初は2人までのグループ、3人以上で集まるのは禁止。その後緩和)や買い物はOKで、しかし自宅待機が基本。違反した場合は罰金というのがスタンダードでした。他の家への訪問も基本的には禁止、一人まではOK、宅配等も宅配ボックスや玄関に置いておく、等の対応が取られていたようです。
●補助金なしとのことですが、今どのように生活をしておられますか(収入の手段)。
―― 収入はゼロなので、貯金を切り崩している状態です。レッスンなどをオンラインでしている演奏家もたくさんいますが、今は固定の生徒をレッスンしていないので。
●いま日本に帰ろうと思ったら帰れるのでしょうか。帰れるという場合、フライトは飛んでいるのですか?
―― はい、フライトはあると思います。知人のCAさんのお仕事も少しずつ再開しているようです。フランクフルトから日本への直行便も復活してきているみたいです。ただ、日本到着後14日間の自宅待機が義務のようなので、短期滞在者には厳しいと思います。
また空港から自宅またはホテルまで公共交通機関を使ってはいけない、というのが大きな問題で、感染拡大のための処置だということは理解していても、実質渡航を見送る原因の一つです。基本的にはこちらの長期ビザを持っていれば、日本へ戻りドイツに帰ってくることは出入国の問題はないようです。
●フランクフルトではみなさんマスクをしていますか?密は避けているのだろうか。生活は気をつけているのでしょうか。
―― 現在マスク着用義務がドイツでも導入されています。建物の中に入る場合、公共交通機関、など着用していなければ利用できません(屋外での義務はありません)。どの店舗にもマスク着用や、ソーシャルディスタンスをコントロールする人がいて、守っていないと注意されます。レストランの従業員もシールドとマスク着用で接客するところもあるようです。
あと、スーパーのレジでは、1.5~2mごとに線が貼ってあり、それ以上近づかないような配慮があるとともに、レジの支払いはカードのみ(接触を避ける為)、レジの従業員は透明のプラスチックのシールド、もしくはボックス内で小さい隙間から精算のやり取りをしています。
日本の状況は見ていませんが、おそらくこのあたりはドイツの方が徹底しているのではないでしょうか。
●このたびはいろいろお話いただきありがとうございました。この機会に言いたいこと、思いのたけなどをシャウトして下さい。
―― メルケル首相もおっしゃったように、文化はどのような混乱の時代でも重要なものです。デジタルの世界で様々な工夫をして多くのプロジェクトが行われていますが、やはり可能性は限定されたものです。ハイクオリティな写真や映像技術で美術館の絵画を遠いところから見ることは可能ですが、美術館がなくなることはありませんし、絵画作品もなくなることはありません。
音楽も場合も同じだと思います。過去に目を向け、奏者と聴衆の相互作用の中から新しい視点が生まれる、そして感動を共有する音楽体験はライヴでしか味わうことができません。そういった必要性から、ドイツでは徹底した衛生管理のもと、文化イベントが再開しつつあります。
今まで僕の少しネガティブなドイツでの状況を話しましたが、やはり同じようにフリーランスのアーティストの生活が危ぶまれている記事や報道も多く、アーティストの支援プログラムが充実していく流れに乗っているように感じます。
コロナで多くのコンサートがキャンセルになってしまいましたが、先日、モーゼル音楽祭の一環で行われるはずだったコンサートを無観客で、現地のホールにて収録し、オンラインでお届けすることになりました。イタリア人ヴァイオリニストMario di Nonnoとのデュオです。
この演奏は5月24日よりウェブサイトから購入、ダウンロードできるようになりました。企画者と奏者への寄付金を含めた3パターンの購入方法があります。ご興味のある方はぜひご覧頂ければ幸いです。
KulturVersusCorona by KulturGießerei
https://kulturversuscorona.de/
上はドイツ語のため日本語解説を以下URLに急いで書きました
https://simunion.themedia.jp/posts/8321822
皆様にお会いして、コンサートホールやサロンで、1日でも早く音楽を直接お届けする日が来ること、切に願っております。
(了)
2020/6/20 追記
このインタビューには後日談があります。補償金が支払われたという犬飼新之介氏からの報告は以下からお読み下さい。
犬飼新之介プロフィール
犬飼新之介(いぬがい・しんのすけ):静岡県浜松市に生まれる。4歳よりヤマハ音楽教室に入室、6歳よりピアノを始める。ジュニア・オリジナル・コンサート海外演奏旅行等に参加、数多くの自作曲を演奏する。桐朋学園大学に入学、浜松国際ピアノアカデミーを受講。在学中に、第1回東京音楽コンクールピアノ部門第1位を受賞。これをきっかけに、本格的な演奏活動を開始する。同大学を首席で卒業、桃華楽堂にて御前演奏を行う。
桐朋学園大学研究科を修了後、渡独。フランクフルト音楽演劇芸術大学にてCatherine Vickers女史に師事。2013年ドイツ演奏家国家資格取得コースを修了。フランクフルトでの活動としてはアルテオーパーで行われるゲオルク・ショルティ国際指揮者コンクールにて公式伴奏員を勤めた他、同アルテオーパーでの演奏、ゲーテハウスでのデュオコンサート 、日本文化言語センター、 Sparkasse Frankfurt 銀行、ゲーテ大学“Kirche am Campus”、Steinwayhaus Frankfurt、C. Bechstein Centrenでのコンサートを行った。第15回日本映画祭(Nippon Connection)に出演、尺八奏者と共演した。
コンクール・音楽賞 受賞歴
第53回全日本学生音楽コンクール高校生部門東京大会第2位、第1回東京音楽コンクールピアノ部門第1位、ベートーヴェン国際コンクール(ドイツ) 第3位および聴衆賞など受賞。
演奏活動・音楽祭・レッスン
ドイツを拠点に、ヨーロッパを中心とした演奏活動、日本での定期的なリサイタルを行っておりソリストとして活躍する一方、室内楽奏者としても多くの音楽家と共演。アフリカや中東へのクラシック音楽普及にも貢献している。
フランクフルト音楽演劇芸術大学にて後進の指導にあたったほか、マスタークラス等での指導にも携わっている。ボン・ベートーヴェン音楽祭、おぢか国際音楽祭、Asago国際音楽祭(兵庫)、International Music Weeks Salzburg などの音楽祭に招聘されている。国内主要オーケストラとの共演のほか、ドイツ・スペイン・イタリア・フィンランド・ヨルダン等のオーケストラと共演している。