アマデウス弦楽四重奏団の最後のメンバーがお亡くなりになりました。93歳。上写真の一番左ののっぽさんです。ストラド紙の記事。上の写真は1969年に撮られたものだそうです。
アマデウス弦楽四重奏団は日本でも人気の高かったカルテットだけに、多くの皆さまが、一生懸命グラモフォンのレコードやCDを聴いた思い出にふけられるのではないでしょうか。アマデウスっていう名前からドイツの団体かと思いますけど、実際メンバーのうちロヴェットを除く3人はウィーンウィーンミュンヘンなんでドイツ系といえばそうなんですが、英国で結成され英国を拠点とした弦楽四重奏団です。
私が初めてアマデウス弦楽四重奏団のCDを買ったのはギレリスと組んだシューベルトの鱒と死と乙女が入ったやつでした。ドイツ・グラモフォン。昔はドイツ・グラモフォンという言葉の響きが今よりももっと鮮明だったので、本当にわくわくしながら何度もジャケットを眺めてはCDプレイヤーにかけて、一生懸命、何度も何度も解説文を読んだものだよ・・・。これですね↓
うおー懐かしい。これこれ。これっすよ。まさしくこのCDでした。っていま棚を探してみたら出てきました。そう、昔はね、グラモフォンベスト100とかデッカベスト100とかプラス50とかそういうのがあってね、それぞれ無料の小冊子がレコード屋さんにあったんだよね。それをもらってきて、ステレオ(ステレオ!!)の前でじっと眺めては、ため息をついていたもんですよ。・・・・自分まじでキモいおっさんやな。
しかし思い起こせばCDなるものを初めて目にしたのは、今はなき祖父の、丹波橋駅から下へ徒歩約15分にあった自宅でした(下へって言っただけで「西だな」って分かる人大好き)。ご多分に漏れずカラヤンの第九だったと思います。私の年齢は一桁でした。ドイツ・グラモフォンの黄色いジャケットが燦然と輝いていたのを思い出します。一種つまらなそうに、しかし自慢げに見せてくれた祖父の姿も懐かしく思い出されるのであります・・・。
おっと、思い出に一番ふけっているのは私かもしれない。
昨日に続き、音楽界に影響を持った方がおなくなりになったことをブログに書くのは寂しいことです。個人的にお付き合いがあったわけでもなんでもないけれど、彼らの音を聴いて育ちました。
以下、また余談。
弦楽四重奏団って、小さなオーケストラとか呼ばれることもありますけど、みんな仲が良くて何十年もやっている、と思っている方もおられるかもしれませんが、現実は壮絶で、死ぬほど仲が悪い弦楽四重奏団もいっぱいあります。有名な四重奏団の、えっと驚くエピソードとか、ここでは書けないようなこともたんまりあります。
弦楽四重奏団は仲が悪い(もちろん例外もたくさんあります。仲良しキャッキャウフフの四重奏団もあります)、というのは知識としては知っていましたが、音楽業界に入って、やっぱりそうなんだ!と現実を知ったときはなんだか心がときめきました(性格悪いな)。ちなみにアマデウス弦楽四重奏団の仲が良かったかどうかは知らないんで、このあたりの話はとりあえずアマデウス弦楽四重奏団とは完全に切り離しておいてください。
ホテルの部屋はできるだけバラバラに、上下左右の部屋は絶対にダメ、同じ階も絶対ダメ、とか、列車の席もともかくバラバラに、とか、そういうルールがあるカルテット、あります。仕事以外では一切お互い口をきかないとかね。
うっかり隣の部屋になったりなんかすると、両者とも湯気をたてて怒る(←口はきかないんで、マネージャーが締め上げられる)。しくじりを繰り返すと、マネージャーがすげ変わるなんてことにもなります。
おおこわ。夫婦でやってる、とか、兄妹で長年やってるとか、本当にそれだけでもすごいことだなと思いますし、長年うまくやるこつを聞いてみたいとも思います。
今日のまとめ:弦楽四重奏団は常に一触即発。腫れ物に触るよう扱うべし。ただし例外もあります。