この投稿は中村聡武氏インタビューの後半です。前半はこちらからお読み下さい。予告編はこちらからお読み下さい。
生き残りをかける
山根:英国のパブは4割程度閉店するのでは、という予測が出ているのをどこかで見ましたが、巨大資本がバックにあるごく一部の団体は生き残れるが、小規模事業所はのきなみつぶれるのでしょうか。
中村:コロナはやがていつかは収束しますから、どんなに厳しくても決して諦めなければ生き残るでしょうし、さすがに軒並み潰れるというのは悲観的すぎると考えます。しかし、生き残るためには大企業だろうと中小だろうと、確固とした経営哲学と新しい時代への適応力、市場を切り拓く創造力が必要で、それがない企業は淘汰されると思います。
山根:我々もいろいろと考えながら前進していかなければなりませんね。いまヨーロッパでオーケストラ活動再開の動きがありますが、写真や映像を見る限り「きわめて」ソーシャルディスタンスです。スッカスカ。うそつけ!ていうぐらいです、慣れないからかも知れませんけれど。欧米と同じ基準で日本も行くべきでしょうか。
中村:欧米と日本は同じ基準である必要はないと思います。これまでも日本独自の対策を行ってきましたし、そもそも人口当たりの感染者数の割合は欧米と比べて極端に小さいので、実は日本はもう少し踏み込んだことを行っても良いのではないかと個人的には思います。
山根:日本は相当に押さえ込めているレベルである、と私も理解しています。ただ、コンサートをするとなればお客様にも演奏家側にも「怖い」と感じる方々が確実におられるので、そういった方々への配慮は絶対に必要だろうと思います。
中村:これは思い付きですが、例えばステージの広い東京国際フォーラムAのようなホールで、出演者間の距離を保って、ベートーヴェン「第九」などできないものでしょうか。合唱団員はマスクをして飛沫を防ぐ。それでも十分に声は響くはずです。ベートーヴェンイヤーですから、今これをやって配信したら世界中に大いに注目されるはずです。
山根:高額な会場利用料金(ちなみにフォーラムAは平日1日借りるとホール代が約370万円。これに諸経費が加わります)をどうやってカバーするかとか、クリアしないといけない現実的問題もありますけれどね。たとえばホール利用料金が安くなったら興行する側としては嬉しいですけれど、それ(利用料金を下げること)をすると施設側は損害を蒙りますしね・・・・・。
中村:会場の協力なしにはできませんね。また、コロナ禍で収益を上げた企業に協力を取り付けてもよいでしょう。荒唐無稽かもしれませんが、このような事態だからこそ常識破りの発想が必要ではないでしょうか。いずれにしても、欧米の真似ではなく日本の状況に即した日本のやり方を取っても良いと思います。
山根:クラシック音楽業界、と一口にいいますけれど、音楽家、ホール、音楽事務所だけでなく舞台周りの方々であるとか、旅行代理店、ホテル、運送業なども含め多数の人達が巻き込まれています。
中村:その通りで、コンサートの裏方の人たちも軒並み収入の道を閉ざされています。当日の舞台を支えるステージマネージャー、音響、照明、アーティストマネージャー、通訳、レセプショニスト、飲食を提供する業者、楽器のレンタル業者、運送業者、告知を担う広告代理店やチラシのデザイナー、印刷業者、音楽雑誌、ライターや評論家、CDの制作会社、販売代理店、チケットのプレイガイド、ホテルやバス、字幕の業者、衣装、ケータリング、、、。一つの公演を創るのに多くの人たちが携わっており、当日の舞台はそうした人たちのプロの仕事の集積であり、血と汗の結晶です。
そうした公演に携わる多くの人たちが収入の道を閉ざされています。何とかこうした人たちに対して、より踏み込んだ支援や補償が届けられないものでしょうか。
山根:本当に大勢の人が今はじっと小さくなって耐えている、という感じですよね。しかしながら現実的には「まずは自分の会社のことを」という話にならざるを得ないと思いますが、いまご自身や社員のモチベーションを保つ、あるいは会社を守るためにどのような行動をとっておられますか。
中村:来日キャンセルとなったある公演のチケットの払い戻しの際に、一部もしくは全部をアーティストに寄付していただけないかとお客様に呼びかけをしたところ、払い戻し全体の20%近く、100万円以上の寄付金が集まっています。また、添えられた手紙の中にはアーティストを応援するメッセージに加えて、私たちスタッフを気遣ってくださるお手紙もたくさんいただいており、読めば涙が出そうになります。
払い戻しの作業は多くのお金が出ていき、当初は身を削る思いでした。しかし、多くのお客様が私たちのアーティストを支援してくれた上、私たちの存在を認め応援してくださっている・・・作業を通じてこのことを知り、力が沸いてきました。本当にお客様には感謝してもしきれません。
お金にならない仕事の中に実は本当の価値が宿っている、それを見出すことが出来たことが今の大きなモチベーションとなっています。
山根:答えにくい質問にもいろいろと真摯にお答えいただき、ありがとうございました。お忙しいところお時間を割いて頂き、感謝いたします。
最後に逸話を一つお願いします
全体的に厳しい内容のインタビューになってしまいましたが、せっかくなので、ちょっと明るめの話もお聞きしたいと思います。これまで仕事をしてきて面白かった逸話かなにかがあればぜひお教え下さい。
中村:たくさんありますね。世界各国のアーティストを招聘しているので、バックグラウンドや文化の違いで、予想もしないことがいろいろ起こります。そのたびに右往左往しますが、振り返ってみたらあれは面白かった、という話は山ほどあります。
4年前にイスラエルからオーケストラを招聘した時のことをお話しましょう。団員の多くがユダヤ教徒で、金曜日が宗教上の安息日。敬虔な信者は「イスラエル時間の金曜日の朝(日本時間の17時頃)からは完全に休んで一切仕事をしてはならないので協力してほしい」と言われていました。
中でも特に敬虔な教徒が2名いました。彼らはその時間帯にリハーサルや公演があっても免除されていて、国内の移動に際しても「彼らだけは他の団員に先がけてホテルの部屋に入れてほしい、17時までに。部屋に入ってからは一歩も外に出ないし、部屋の中でもお祈り以外は必要最小限の動きしかしないので」とのことでした。そのため、部屋でその日に食べるものも17時までにあらかじめ作って並べられた状態にしておかねばならず、弊社の担当者が大急ぎで2人をスーパーに連れて行くなど大わらわでした。
そんなことが3週間のツアー中に3回もあって対応に追われましたが、誠心誠意対応した甲斐あってか、ツアーの最終日の終演後の楽屋前で涙をながして喜ばれました。
キッパというローマ法王が被っているような小さな帽子を被り、次元大介のようなと言いますか、長くて毛むくじゃらのモミアゲをした(帽子ももみあげも敬虔なユダヤ教徒の恰好)おじさんたち2人が歩み寄ってきて、ぎゅっと抱きしめられ、モミアゲを私のほっぺたに擦り付け「ありがとう、ありがとう」と。・・・涙を流しながら。
敬虔な彼らにとって安息日は何よりも大事なことだそうですが、他の国のツアーではここまでの扱いはなかったとのこと。涙に濡れたモミアゲの感触は今でも忘れられません。マネージャー冥利に尽きます。
山根:「涙に濡れたもみあげスリスリ」という行為だけをとりますと気持ちの良い体験ではないと言いますかむしろアレなんですが、人の感情というものはストーリーと結びつきますしね。人と人との交流というか、人間関係というか、いや、ううう、ほんとに、素晴らしい・・・体験だったのでしょうね・・・ゾワッ(鳥肌が立った音)。
中村:ちなみに、安息日のイスラエルではエレベーターも各階自動停止になります。フロアのボタンを押す行為も仕事とみなされて禁止されるそうです。このように、仕事を通じて異文化を知れるのも私たちの仕事の魅力の一つですね。
山根:本当ですね。しかしわたしはめっちゃせっかちなので各駅停車のエレベーターは避けたいですね。50階に行こうと思ったら、えーと1、2、3、・・・・49回停まるわけです。ってどんだけえ~。古くて申し訳ありません。妻がIKKOさん好きなもので。
今回は本当にありがとうございました。これからもいろいろと教えて下さい。
中村:ありがとうございました。
(了)