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業界人突撃インタビュー第4弾 東京交響楽団 事務室長 辻敏 氏【前半】

この投稿は辻敏氏インタビュー【前半】です。後半はこちらからお読み下さい

はじめに

このインタビューは2020年5月25日(月)の夜に電話にて行われたものです。この文章を目にしておられる時点では状況などが変化している可能性もありますので、予めその点をご了承下さいますようお願い申し上げます。

コロナ騒動の始まり

●コロナの騒動が大きくなり、緊急事態宣言が出てコンサートは文字通りゼロになってしまいました。今週にようやくというか、とりあえず緊急事態宣言は解かれたわけですが、コロナの感染が拡大するなか、どういう動きをされていましたでしょうか?

――まずは「出来るところまではやろう」っていうのがありました。ギリギリのところまでは、出来る安全確保を確実にやりながらやる、と思っていました。

最後の公演は3月21日の東京オペラシティでの演奏会で、お客様の入りは半分以下でしたが非常にいい雰囲気でした。お客さんとの一体感も作れた。SNS やウェブ上でもとても好意的な反応でした。

3月29日のサントリー定期、これはマタイだったんですよね。練習の前日に中止を決めました。歌も入ってたので正解だったと思っていますが、これもギリギリまでやれないか模索していました。大阪のオーケストラとかも、東響さんがコーラス付きをうまくやってくれるんだったら大阪でもやれるかも、とか一つの指標のようにもしてくれていたように思います。結果的には中止、という判断になったわけですけれど。

で、たまたまその後のミューザ(ミューザ川崎シンフォニーホール)で予定されていた公演について、ミューザ側から「CDが作れないか」と相談を受けました。川崎市として、コンサートは出来ないけれど、というような話をもらったんですよ。それがきっかけで「どうせだったら音だけじゃなくて無料の配信もあるんじゃないか」ということになって、理事がやってる会社でニコ動。それがあるからニコ動でどうか、ということになったんですよ。じゃあやりましょうと。やってみたら2週間で約20万人ぐらいにご覧いただいたっていう爆発的なヒットになりました。

●あれは大変話題になりましたね。

―― 一生懸命アイデアを練ってやってたので、CDや配信の話もどこよりも早く取り込めたと思いますし、それに対して「頑張ってるね」っていう好意的な雰囲気で受けとめていただけたんだと思います。

それで緊急事態宣言が出たんですけど、この時にはもうやっぱり運営が危機に陥るっていうのは思っていました。

緊急事態宣言の発令と危機感

●大変なことになる、と考えて素早く動いたということでしょうか。

――宣言が出る前後ぐらいからこれは大変だと思って、前年度からの貯金もありましたけれど、遅かれ早かれ取り崩されていくんだろうなっていうのはもう容易に予想ができたので、細かく考えて動いていました。

オーケストラの仕事っていうのは、主催公演、依頼公演、それから寄付集め。大きくこの三つに分かれると思うんですけど、それぞれの部分で何をしたらいいかっていうのを本当に真面目に考えました。

寄付については、ありがたいことに大口の寄付はありましたけれど、たくさんはないだろうし続かないだろうとも思ったので、やっぱり小口の寄付をいくつ、どれぐらい集められるかっていうのを重点的に考えました。とりあえず休業宣言して、事務局も休業しますって宣言をして、雇用調整助成金やなんかの申請をしつつ、一方で小口の寄付をたくさん集めるっていう方向に転換しなきゃなと思いまして。

辛辣なと言うか、シビアな文章をウェブに掲載して、休業します、とやりました。いろんなことをやってきてアイデアも練ってやってきたけど、もうどうしようもないしこれは一旦収束するまでもう休む、しんどくても休むしかないって。急がば回れだと思って。団員もそれを見てものすごいショックだったみたいですけれど。

寄付についていえばそういうわけで、どっちかって言うと小口のものをいかに早くたくさん集めるか、ということにフォーカスをしました。たとえばウェブサイトとリンクさせて、以前に撮っていた映像を週1ぐらいで掲載して、そしてそのページからすぐ寄付のページに飛べるように、など細かく考えました。一週間ごとのメニューみたいなのを担当と一緒に考えて、マーラーの7番も出しましょうとか、2016年にヨーロッパ・ツアーに行った時にツアーの前に撮っていたブラ1(ブラームスの交響曲第1番)とか「海」(ドビュッシー)とかの映像があって、それはどこにも出してなかったんですけど、それも順番に出して行ってね。週一ぐらいでどんどん出しては寄付のページへ飛び、という風にです。

一番ありがたかったのは、寄付に関して楽員が熱心にあちこち拡散してくれたっていうことですね。これがものすごく大きかったんだと思います。一番熱心な人で多分一人200万円ぐらい集めてくれてますよね。最近の寄付の募り方っていうのは違うなって思いました。拡散、ですね。

●旧来の手法だけでなく、ネット拡散によっても寄付は集まるということを実感されたというわけですね。

――そうです。普通に関東エリアのお客さんだけじゃなくて、突然、札幌の人から寄付がポンと届いたりとか、もう全国くまなくですよ。さらには海外に住んでる日本人からも寄付を頂けたりですとか、世界にまで広がっていたので、それはすごいありがたかったですよね。

●相当集まったということですね?どれぐらい集まったのでしょうか。

――かなりですよ。個人からのご寄付だけで相当な金額です。寄付はきっとどこも募るだろうから早くやろうって動いたから、それも良かったんじゃないかなっていうふうにも思ってます。

●それはある意味、先行者利益ということですよね。

――やっぱり公益財団法人っていうシステムは、あんまり内部留保を作れない構造になっているので、そのなかではやはり寄付をお願いするしかないというところもあります。この公益財団法人ってシステムについても、こういう時のためにもうちょっと内部留保を許して欲しい、認めていただけないだろうかと思っています。これは文章にも書いてありますけれど。

それから主催者の方々には補償について考えていただけないだろうか、ともお願いしました。依頼公演と我々が呼ぶ演奏会は、言葉の通り主催の方から依頼を受けて演奏するものです。お願いしますと言われた段階からその演奏会に向けてすでに準備を進めていたものなので、なんとか補償をお考えいただくことはできないだろうか、とお願いしました。

それでも、主催者の方と一緒にまずは考える。中止にしてしまうのではなく配信ではできませんか、とか、CD制作とかはできないのでしょうか、とか、無観客の可能性についても考えて頂けないかとお願いをしたりしました。「中止するんだったらお金ください」って単に言うのではなくて、なんか方法がないか、っていうのを一緒に探っていって、時間をかけて協議していって、それでもダメだったら、補償を考えていただけませんかっていうお願いを、最後にする。

●すごく神経を遣う仕事ですね。

――大変ですよ。後は雇用調整助成金。それから各種の助成金ですね。そろばんをはじいて、いくらぐらい足りないとか、補償でこれぐらいはもらえればああなんとかこの月はトントンになる、ということをやりつつ、ソニーや稲盛財団など、助成金の可能性が出てきたところにはもう、全部申請しました。

●迅速に、ですね。

――やっぱり回転資金が必要ですから。

日本政策金融公庫、商工中金、あとうちの場合川崎信用金庫もあるし、色んな所に資金繰りのお願いをして。そしたら貸してくれるところもありますから。それはいつか返さなきゃいけないんですけど、とりあえず回転資金が不足しちゃうと黒字でも会社って潰れますからね。回転資金を確保するってのは相当真剣に計算しました。その甲斐あって、コンサートが全部なくても、とりあえずのところはなんとか持ちそうです。

●どのぐらい持ちますか?

――それは言えませんけれど、とりあえずは、なんとか。

コンサートの再開へ向けて

イベントと一口にいいますけれど、それぞれのイベントが持つリスクは違いますよね。クラシックはクラシックの独自のリスクがあり、演劇は演劇のリスクがあり、野球は野球、ロックコンサートはロックコンサート、それぞれかなり異なっているので、それぞれについてのガイドラインがなければ、全部一律のガイドラインって言うんだとなかなか誰も動けない部分もあります。

公文協(注:全国公立文化施設協会からもガイドライン(5/25付改訂版)が出ていて、あれはいい意味で含みがありますけれど、それでもやっぱり一部の人たちからすると「もうちょっと明確に出して欲しい」ってのはあるでしょうし、実際そう言っている人もいますよね。そこはそういう風にして細かく出して欲しい、というのはずっと最初から思っていました。

●リスクのない活動はありませんが、リスクの高い低い、あるいはそのジャンル特有のリスクというものもそれぞれ存在するわけですしね。

さて、コンサート再開に向けての歩みが徐々にスタートしかかっている、というのが今の段階だと思うのですが、オーケストラのメンバーからは「集まって演奏することが怖い」と言った発言はないでしょうか。

――きっとゼロではないですが、少ないと思います。どうしてもいやだって言われたら強制はできないと思います。でも演奏したくてしょうがない、という人の方が基本的に多いのではと思っています。最後の演奏会(3月21日)のあとオケメンバーに集まってもらって話をする機会がまだないので何とも分からないですけど。うちのオケは普段めちゃくちゃ忙しいので、喪失感っていうか、ともかく演奏したくてしょうがいな人のほうが基本的に多いと思います。

ただやっぱり80代の母と2人暮らしです、とか、生まれたばっかりの子供がいますっていうご家庭はきっと心配ですよね。自分だけ出たくない、というのとはわけが違う。でも3月21日の公演のときに出てこなかった人は一人もいなかったですし、協力的なオーケストラだろうというのは思っていますね。

後半は以下からお読み下さい。

https://mcsya.org/interview-tsuji-tsutomu-tokyo-symphony-orchestra-2/