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【ベルリンではいまは合唱は8人までです。】・・・・欧州からの声②

先日、フランクフルト在住のピアニスト犬飼新之介氏からフランクフルトの現状などについてお教えいただきましたが、今回はベルリン在住の歌手、辻政嗣(つじ・まさし)氏にお話を伺うことができました。

辻さんはザルツブルクで名歌手バーバラ・ボニー、ヴォルフガング・ホルツマイアーほかに学ばれ、今はベルリンを拠点にフリーランスのテノール歌手としてご活躍です。ヨーロッパ各地でソリストとして招かれ舞台に立ち、これまでドイツ、オーストリア、日本でもリサイタルを開催される他、さまざまなヨーロッパのトップ合唱団で歌っておられます。ノルウェー・ソリスト合唱団(専属歌手)、RIAS室内合唱団、バルタザール=ノイマン・アンサンブル、Vox Luminisなどで歌う、と言えばその実力の高さがご想像いただけるでしょう。おおう。

補助金のこと、仕事のこと、今後の展望などをお尋ねしました。

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●ベルリン在住の辻さんには補助金は出ているのでしょうか?

――私はベルリンに住むようになって10年になります。補助金は出ました。それから、夏までの仕事の契約書は交わしているので、それらに関しての補償があります。補償の条件はそれぞれの契約によって違いますが、50%~80%は支払われます。

●コンサート活動はいまどういう風になっていますか。

月10回ほどあったコンサートがほぼゼロに

――月10回ほどコンサートがありましたが、3月上旬からそのほとんどがキャンセルされました。9月からのプロジェクトはそのままなので、再開されることを祈っています。

生活面では、ロックダウン後の気が滅入っている時に、スーパーから品物が見事に消えたのには困りました。保存がきく粉類とかパスタとかお米とかが一気になくなりました。お米を買うためにスーパーを何軒もはしごしなければならなかったのは怖かったです。

●ベルリンは恵まれていていろんな補助金がある、という話もお聞きしたのですが。

――州によって違うんです。ベルリンの場合、3月中旬ぐらいに救済の補助金が出るとアナウンスがあり、その時に気がついてすぐ申し込んだ人はそのままもらえましたが、4月以降に申し込んだ人は、もらったお金は経費にしか使えないということになっているようです。小売店とかカメラマンとか店舗やスタジオを持っている人はその家賃とかに使えると思いますが、音楽の場合はそういうのはないですよね。仕事がないわけで、経費もないわけだから。高いカメラを買ってユーチューバーになったら?みたいなアイデアも同僚と話したりしましたね。

●早く貰った人は全部もらえて、遅かった人は経費にしか使えないのですか。

――うーん、そこはまだ詳しくはわからないのです、あくまでそうなのではないかという感じです。実際同僚同士だとあまりその辺の話は腹を割ってしないので・・・。来年の確定申告の時にまた話題になるのでしょうね・・・。

●辻さんはノルウェーの「ノルウェー・ソリスト合唱団」のメンバーとしても活動されていますが、ノルウェーの方はどうなんでしょう?

――ノルウェーの補助金のことはすみません、わからないのですが、キャンセルされた仕事に対する補償はここが一番良かったです。80%ぐらいは補償してくれていますね。ノルウェーは最後までプロジェクトが無くなることは無いだろうと思っていたのですが、一番にキャンセルが来ました。ノルウェー政府の対応も早かったように思います。

ノルウェー国民に対して、3月中旬ぐらいには「過去2週間で外国に行った人は全員14日間自宅待機」みたいなのが決まりました。ちょうど私たちレコーディングの準備をしていたのですが、リハーサルも全部終わって、さあ明日から3日かけてレコーディングという矢先に、外国人は自分の国にすぐ返って下さいというお達しが政府から出て、あわててすぐ飛行機を取り直し、帰国しました。もちろん変更、キャンセル料などは団が負担しますが、それがノルウェー政府から補償されるのかまではわかりません。

●合唱はドイツでも再開できるのは最後になるのでしょうか。

再び笑顔でコンサートが出来るようになるのはいつだろうか

――音楽とか演劇とかバレエとか全部、最後だろうと言われていますね。合唱がその中でさらに最後になるのかどうかはわかりません。

ドイツですと今の段階だと50人までの集会がOKです。教会とかでもミサをやっていて、私も先週ミサの音楽要員として参加したりしています。すごく少人数で、距離をあけてね・・・。それでも音楽が出来る喜びっていうのはすごかったですね。

ドイツ国内でもアマチュア合唱団の練習後、集団感染があったという話を聞きました。まだ自粛命令やロックダウンになる前ですね。中には劇場とかホールとか危なくないって言う人もいますよね。劇場ではクラスターが起こった事はないって。僕もきちんとした事前対応があるなら演奏会も大丈夫なのではと思っていましたが、その話をきいて、あーやはり危ないのかなって。無茶しちゃいけないのかなって思いましたね。

●リハーサルで固まらないとか、具合悪かったら来ないで、とか、握手もしないし水を一緒に飲んだりお菓子一緒に食べたりとかそういうことはもう一切やめましょうみたいな、そういうことも徹底すれば、ある程度リスクは低くなるのでしょうけれどね。

ドイツでは安全だと主張する人たちと危険だという人達とで対立していたりしませんか?

――んー、ドイツの人たちは自分の考えをしっかり主張しますね。例えば個人の移動や行動の規制には嫌悪感を抱く人が多いし、危機感の持ち方もそれぞれ。むしろ「感染した時はした時」ってはっきり言う人もいますね。

 私が今回の出来事で強く感じたのは、ヨーロッパの方々の「死」に対する概念、考え方が日本人とは違うのではということです。なので、規制はあるけれど、行動、人との接し方はその人それぞれの考えで・・・という印象ですね。

ドイツ人はマスクを着用する習慣がありません。やっと2週間ぐらい前に義務化されました。マスクをしないと店に入れない、公共交通機関を利用できない。それでもしていない人がいますからね。日本人からしたらどうなのと思いますけれど。気候がよくなったから外出も多くなり、街に人が溢れてきました。あとスウェーデンでは規制を多くかけていないといいますよね。

自己主張も強いので、国も規制をかけて感染拡大防止に努めていますが、まとめあげるのは難しいですね。ドイツでは、今シーズンは練習だけでもやろうとか、来シーズンからは演奏会も、そして今年の夏の音楽祭もやれないかなという動きもみられます。

●合唱については人数が制限されていて、ドイツでは8人までとか聞きました。

――ベルリンでも合唱は8人までですね、リハーサルも4人とかにして小さくやったりしているみたいです。

私が6月に行くことになっているチューリッヒ・ジング・アカデミーっていうのがあって、そこが第九をスイス・ロマンド管とジュネーヴでやることになっているのですが、そこはキャンセルにせず、収録に変更になりました。

もともと合唱は大編成だったのですが、26人の歌手でやることになっています。どういう風にやるのか、合唱団はちょっと離れたとこに配置するとか、そのあたりはまだわからないですけど・・・。オーケストラも大きいでしょうし。

●日本の場合は年末に第九っていう一大イベントがありますけど、それが出来るかどうかみんな考えていると思います。

――日本はどうでしょう。感染者が多くはないですし、夏以降に活動できる可能性もあるのではないでしょうか。そもそもドイツは日本より感染者数も死亡者の数も断然多いです。

あと、日本は検査しないって言いますけれど、ドイツでもノルウェーでも簡単には検査してもらえないのではと感じています。僕のノルウェーの友人は原因不明の熱が出て12日間か、それ以上苦しんだのに、看てもらえなかったらしいですから。病院に行ったら「帰ってください」と言われたそうです。結果的にはコロナではなかったので良かったのですが。1人だけじゃなくて同僚でもう1人同じようにつらい思いをしたっていう人がいました。

●日本の場合は今、とりあえず緊急事態宣言が明けて、この後どんな感じかなっていうのを見て、それで大丈夫そうだってことであればコンサートもちょっとずつじわじわと開けていくのではないかと思います。

――僕が心配しているのはむしろヨーロッパですね。日本の皆さんは慎重に、なんでもしっかり丁寧にやるっていうイメージがあって、それが功を奏して数が減っているのではと思うこともありますね。

辻氏は録音にも多数参加してきた。

ちなみにノルウェーはいま、舞台上40人までOKになっています。ただしお客さんは入れられません。6月に演奏会が予定されていますが、私は海外在住組のため2週間の検疫が必要ということで、お休みです(補償金が出ます)。私のように、入国困難な歌手の代わりに、ノルウェー国内からエキストラメンバーが呼ばれます。動いているところは動いていると思いますね。まだ無観客での演奏会になりますが。

私は大きな団体と契約を交わして、危ないところでしたが、今は大丈夫です。同時に同僚歌手の中には、アルバイトに行ったり、教員採用の試験を受けたり、他の職を探している方もいます。とりあえずプロジェクトがまた戻ってくるまではということで。いつになるか先が見えませんし、収入がないことにはね・・・。

●辻さんの生計は大丈夫でしょうか。

私も毎日経済的な生活を心がけています。今のところはまだ給付金に手は付けなくてすんでいます。料理が好きだし、なんでも工夫して自分でやれるので。ただこの機会に以前から考えていた、歌以外の事も興味がさらに湧いてきて、いろんなアイデアを考えています。指揮の勉強はしたいですね、指導することもやっていきたいです。これからは日本にも目を向けて活動出来たらなと思っています。

●コロナが終わったらコンサートは回復するでしょうか。

――そうですね。例えば私は釣りが好きなのですが今は行けない。だからYoutubeで観てるんですよ。解除になったらクロアチアやノルウェーに行くと思うんです。だからコンサートだってライブで聴きたくてしょうがないという人がいると思います。どうなるかはわかりませんが、また音楽界に活気がもとってくることを祈らずにはいられません。

以前は演奏することが言ってみれば「当然」だったのですが、今はそうじゃないですし、少し忘れかけていた「音楽をやれることは幸せだ」という思いを噛みしめています。

(了)

音楽家にとって聖地の一つ、ロンドン・ウィグモアホールでも舞台に立った。

辻 政嗣(テノール)プロフィール

辻 政嗣(つじ まさし)
くらしき作陽大学音楽学部声楽学科にて西内玲氏に師事し、卒業後オーストリア国立ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学に留学、そこで名ソプラノ歌手バーバラ・ボニー氏の薫陶を受け、さらに歌曲/オラトリオをヴォルフガング・ホルツマイアー、オペラをヨーゼフ・ヴァルニック、そして古楽声楽をラインハルト・ゲーベルの各氏に師事し、同大学大学院を修了。在学中にアンゲリカ・キルヒシュラーガー、ロベルト・ホール、トーマス・モーザー各氏のマスタークラスを受講。

留学当初より演奏に従事し、オペラではドイツのバイエルン・グートイムリング音楽祭にてモーツァルト作曲「偽の女庭師」のベルフィオーレ伯爵役、ルーマニアのシビウ市歌劇場ではモーツァルト作曲「後宮からの逃走」のペドリッリョ役をはじめ、ドイツ、オーストリア各地で出演。

これまでテノールソリストとしてザルツブルク祝祭劇場、ドイツ・ベルリン国立歌劇場、ニューヨーク・リンカーンセンターなどの舞台に立ち、オスロ教会音楽フェスティバル、チロル音楽祭、イスラエル・アゴブシュ声楽フェスティバル、セビリア古楽フェスティバル、リトアニア・ヴィルニウス音楽祭、ドイツ・シュヴェツィンゲン音楽祭など主要な音楽祭に招かれ、ザルツブルク州立モーツァルテウム管弦楽団、シュターツカペレ・ベルリンなどのオーケストラや、ザルツブルグ・ホーフムジーク、ベルギー・ツェフィロトルナ、イタリア・アカデミア・ビザンティーナなどの古楽アンサンブルと共に、アイヴァー・ボルトン、オッターヴィオ・ダントーネ、ヴォルフガング・ブルンナー、グレーテ・ペダーシェン、フローリアン・ヘルガートなど各氏の指揮で歌っている。特に活動の中心である宗教曲、古楽の分野では様々なレパートリーを持ち、今年7月からはベルギーの古楽声楽のスペシャリストで構成されるソリストアンサンブル“Vox Luminis“に参加している他、アンサンブル歌手としてもノルウェー・ソリスト合唱団専属歌手をはじめRIAS室内合唱団、バルタザール=ノイマン・アンサンブルなどトップクラスのアンサンブルと共演し、それらの活動は世界各地に及ぶ。

録音にも参加しており、ベルリオーズの「イエスの幼時」Oehms社、「愛の歌曲集」Carus社などある中で、去年Bis社からリリースされたノルウェー・ソリスト合唱団演奏のJ.S.バッハ作曲「モテット集」ではソリストを務め、フランスの音楽雑誌『ディアパソン』が優れた録音に授与する『ディアパソン・ドール』に選ばれた。

ドイツ歌曲の歌唱について師匠であるソプラノ歌手バーバラ・ボニー氏に「実に敏感で洗練されている」と評価を受けており、これまでアンドレ・プレヴィン氏のピアノのもと氏の作品を演奏、またベルリン、ザルツブルク、東京でリサイタルを行っている。ベルリン在住。

欧州からの声① 犬飼新之介氏のインタビュー↓

https://mcsya.org/compensations-corona-germany/
https://mcsya.org/interview-inugai-shinnosuke-2/

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まとめてあります】合唱とコロナに関する当ブログの記事一覧は以下ページにまとめてありますので併せてお読みください↓

https://mcsya.org/list-corona-and-choir/