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ホロヴィッツの娘、ソニアの写真

稀代の大ピアニスト、ホロヴィッツには娘が一人いたのはご存知ですか。ホロヴィッツの熱烈なファンならよくご存知でしょう。そしてその娘は両親よりも早く、わずかに40歳で亡くなってしまうのだ。検索してみたら死を伝えるニューヨーク・タイムズの紙面がデジタル化されているのを見つけました。デジタル化すごいわ。

https://www.nytimes.com/1975/01/11/archives/obituary-2-no-title.html


こういう、昔のニュースも見られるっていうのはなんかすごいですよね。いいのか悪いのかは判断がうまくつけられませんけれど、なんかすごい、っていう不思議な気分になります。サン=サーンスがサムソンとデリラのロンドン初演に立ち会う前のインタビュー、っていう記事を読んだときも、それも大変不思議な気持ちになりました。

話がずれました。これもホロヴィッツ・ファンなら誰でも知っていることですが、ホロヴィッツの義理の父はトスカニーニでした。トスカニーニの娘と結婚したってことです。共演した録音もある。そしてホロヴィッツのお墓はアメリカでもウクライナでもなく、ミラノのトスカニーニ家の墓の中にあるのだ。

ウルトラ癇癪持ちだったトスカニーニとはうまくいっていなかったはずなのにミラノに安置されてしまう。本人が生きていたらなんと言ったでしょうか。あるいは死んだ後のことはどうだってよかったのかもしれませんね。

で、娘さんのちっさいときの写真。わたしもホロヴィッツの娘さんのことは伝記本でだけ知っていましたが、今朝、トスカニーニとの写真を目にしまして、つまりトスカニーニにとってみたらお孫さんだね。チョーかわいくてしょうがないっていうようなおじいさんの顔をみまして、うむ、子供って、孫ってすばらしい、と大変気持ちの良い朝となりました。激こわだったと言われるトスカニーニも人間だったのだ。

本日もこれから丁々発止、一触即発の営業へと出かけんと思っていたところの、素晴らしいエネルギー源となりました。そうしたところが、居間で長男と次男が消防車をめぐり突如大喧嘩をしてギャビーギャビーと泣きわめき始めたのでその爽やかな気分はもろくもかき消されてしまったのである。

子育ては楽しい、だが難しい。ダイナミックだね。レッツゴーミーティング。