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プロフィールに隠された意味を求めて

我が家の次男(3歳半)は電車が大好きです。マンションが線路からそれなりに近いこともあって、窓を開けていると電車の音がするんですが「あ!ブルーサンダー(電気機関車)だ!」「長い!」(貨物が多い)とか「チューオー線だ!」とか言います。

同じ線路を通過しているのに音に違いがあり、それがわかるというのだから、3歳児やるな、と感心しながらへー!これ《あずさ》の音なの?と相槌を打ちます。児童は誇らしげに「しょう!」(そう)と言い放ち、椅子に座る。

この話がプロフィールにどう関連するかというと「同じ文字が並んでいても、その意味するところは違っているかも」ということです。

そう、書かれているプロフィールは注意深く読み取る必要があります。良し悪しを判断するのは最後は「自分の耳」なのですが、プロフィールから得られる情報もたくさんあるからです。現地で演奏を聴いて判断、ということもなかなか現実的には難しかったりするので、プロフィールはこういう意味でたいへん重要です。プロフィールを読んで、その演奏家の可能性、現在の状態などを読み取るという行為を私はしばしばしているのです。

例えばプロフィールに著名な指揮者、オーケストラ、ホール、音楽祭、共演者の名前があるというのはかなりこちらの心に刺さって来ます。すなわち「ベルリン・フィルと共演」とか「ウィーン楽友協会に出演」「共演者はカラヤン」とかそういう内容です。

しかし、それだけで判断するのは実はちょっと危険です。どういう形で出演したのか?そのコンサートの主催者は誰か?といった点もまた重要であり、そしてそれはプロフィールにはだいたい記載がない、いわば「行間」ですから、場合によってはちょっとひと手間かけて調べる必要があったりもします。

むちゃくちゃ乱暴な言い方をすれば「お金を出せば」著名なホールに出演し、有名なオーケストラと共演が出来たりすることもあります。オファーがないならお借りしたっていいんですから。

それでは、一つの例として、ある演奏家のプロフィールを読んでいて「有名な音楽祭に出演している、もしくはこれからする」という記述があったとする。どういう風に読むべきかを例示したい。

えっ!!「かこさとし先生主催:どろうぼうがっこう」音楽祭に出演っ!こりゃあすごいっ!・・・・そこで私はあわてずうろたえず、どろぼうがっこう音楽祭のサイトに行き、どういう形で出演したかを調べます。(※音楽祭の名称は思いつきで書いた仮名です)

●音楽祭の看板オケにソリストとして出ていた、とか、オープニングやクロージング・ガラ・コンサートとかそういうのに出演、という場合。これはもうめちゃめちゃいい感じであり、その人が一流として認められている、もしくは認められてしている、もしくは認められていた、という情報が読み取れます。期待してよいでしょう。

●次に、音楽祭のリサイタルシリーズなどに出演している場合。普通にこんなすごい音楽祭でリサイタルできるとかめちゃめちゃ素晴らしいですね。期待してよいでしょう。

ただ、上記2つのパターンの場合は、日本でもファンの間ですでに名前が知られている演奏家であることも多く、検索しに行く必要がそもそもないかもしれません。

●音楽祭の“デビューシリーズ”みたいなのに出ていた、というパターン。有名な音楽祭にはだいたい「デビュー」とかそういう名前の、将来が期待される若者に出てもらうコンサートがあります。チケット代金も安いです。こういうシリーズに出ている人は、これからぐぐぐっと伸びていく「可能性がある」と考えます。チェックすべき存在です。名前を覚えておきましょう。できればメモをスマホにでも残しておきましょう。最近忘れっぽくていけないからね。

加えて、こういうデビューシリーズには「誰が後ろにいるか」つまり「誰が推しているか」も見ます。有名なコンクールと音楽祭とが提携している事はけっこうあり、そのコンールの優勝者とか入賞者が出ている、という場合や、特定の音楽家の推薦があって、とか、プロデューサーの好みで、とか、いろいろあります。そしてそれらは最近ちゃんと情報としてサイトの中に書かれている事も多いので、それはチェックすべきです。そこからわかることもありますから。

また、その音楽祭の「開催国」出身の若者である場合、ある程度それを頭に入れて受け取ります。すなわち、どろぼうがっこう音楽祭だったらどろぼうがっこう出身者や在学生がある程度優先的に出てくる可能性がある、ということです。出演者の国籍、および、出演者プロフィール内に恐らく含まれている、どこで誰に学んだか、あたりをチェックしましょう。

自国の若者が推薦されるケースも多いというのはどうしても起こることです。こういうコンサートにはスポンサーがついている場合もあって、スポンサー企業はその国の文化や経済振興を第一にするものです。それは絶対的に正しいと私も思いますが、ちょっと無理なんでないの、というレベルの人が時々出てくることもあります。こういう人は残念ながら長続きしません(あとあと長く広く活躍しません)。

●室内楽コンサートに名前付きで出ていた、というパターンの場合:なるほど、いい室内楽奏者なのかもしれない、と考えます。なにか今後ご縁が出来るかも知れない、と、やはりメモを残しておくのがいいでしょう。またこのケースの場合、名字が違うが同じコンサートにリーダー的立場で出演している著名演奏家の息子や娘、またあるときは恋人であるパターンもそこそこあるのでその点は気をつけられたい。言葉は悪いですが七光りの可能性があるということです。

●最後に、あまりないですが「いくら探しても名前がヒットしない」場合もあります。これは学生オケの中で弾いていたか?とかそういう風に判断せざるを得ず、ちょっとマイナスイメージです(もちろんちゃんと学生オケで弾いた、と書いている人もいます)。

有名な音楽祭には学生オケとか特別編成のユースオケがあったりします。アカデミーオーケストラ、とか名前がついていますからだいたいすぐわかると思います。これは教育的側面もあって、こういう学生オケコンサートとかの場合、音楽祭にゲストとして呼ばれている著名指揮者が指揮します。

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この投稿は昨日のブログの続き的な感じだったりします:

https://mcsya.org/what-is-writing-biography/